新しいローマ
    =アメリカ帝国の構築様式(アーキテクチュア)と第3世代の核兵器

      ―宇宙軍拡反対のメルボルン集会に参加して考えたこと

藤岡 惇

   

 本誌の本年6月号に、「ブッシュの『新帝国主義戦略』とその矛盾」という論説を書かせていただいた。その「おわりに」のなかで、私は次のように書いた。「ブッシュ政権のもとで、これまでの『覇権主義』(修正帝国主義)から『新帝国主義』への構造転換が進みはじめた。『新帝国主義』は、一九世紀型帝国主義への単純なリバイバルではない。宇宙から地球を惑星として管理できる段階にたっした宇宙と通信の技術革命と『軍事の革命』が、基盤にあるからである。核兵器技術も、この基盤のなかに組み込まれることで新たな役割を与えられようとしている」と。しかしこの点は、私の力量不足のために十分な展開ができなかった。
 この間ブッシュ政権は、新型の核兵器の研究開発の再開や核推進宇宙船の開発研究にふみきるなど、核兵器と原子力エネルギーへの依存を深める姿勢を鮮明にしだしている。また宇宙覇権をめざす宇宙軍団と、戦略核兵器を担当する戦略軍団とは対立することが多く、相性が良くなかったのであるが、昨年一〇月一日をもって両軍団は統合され、「地球作戦軍団」となった。これらの事実が何を意味するのか。私の頭のなかは、いわば薄霧がかかった状態であった。
 本年(03年)の5月16日から18日にかけて、「宇宙への兵器と核エネルギーの配備に反対する地球ネットワーク」の第11回目の国際集会が、オーストラリアのメルボルンで開かれた。1)私は、この組織の国際諮問委員をやっている関係で、日本から唯一参加してきたのであるが、米国の理論物理学者のミチオ・カクさんが行った「宇宙に平和を」という集会の基調講演は、私のなかの「もやもや」を取り除いてくれる素晴らしいものであった。以下、紹介してみたい。

   

ミチオ・カクさんのこと

 カクさんは、日系二世の高名な理論物理学者でニューヨーク市立大学教授。11年前の地球ネットの創立メンバーの一人でもある。カクさんの経歴を紹介すると、ご両親とも、戦前に山梨県からカリフォルニアに移民された。父親は庭師であり、家庭は裕福ではなかった。一家は、アメリカの市民権をもっていたのに、戦争中は同州の砂漠地帯にある収容所に4年間強制隔離された。広島出身ではなかったものの、日系社会には広島出身者が多く、原爆投下の悲劇を聞かされて育ったという。
 スプートニク・ショックをうけて、60年代に入ると工学教育振興のキャンペーンが始まった。レンタカー会社のハーツは、「ハーツ・エンジニアリング奨学金」という制度を作った。その選抜権を握っていたのが、「水爆の父」と呼ばれたエドワード・テラーであった。カクさんは、高校時代から優秀だったので、テラーの目にとまり、奨学生に選ばれた。その結果、ハーバード大学に進学できるようになり、テラー一家とも親交を結んだ。なおハーツ奨学金とテラーの関係については、ウイリアム・ブロードの著作"Star Warriors"(『宇宙戦士たち』)を参照してほしい。2)
 学生時代にベトナム戦争のために徴兵され、米国内の軍務に就いたが、地下道を張り巡らしたベトナム人民の抵抗を前にして、米軍が勝てないことから、戦争への疑問を深め、テラーと絶縁していった。復員後、カリフォルニア大学バークリー校で博士号をえて、研究者になったという。

   

核兵器の3つの世代

 70名ほどの出席者を前に、カクさんは、核兵器は三つの世代をへて進化してきたと述べることから、講演を始めた。適宜、私のコメントをはさみながら、彼の論旨を紹介してみたい。
 第一に、原爆と初期水爆とをともに第一世代とみなし、宇宙時代に適応するなかで核兵器の第二世代が生まれてきたという捉えかたをしている点である。
 すなわち、冷戦期には核兵器は、ソ連・東側勢力を現在の勢力圏内に封じ込めるための手段として開発され、改良されていったが、その第一世代は、原爆から水爆へと爆発力の増大をひたすら追い求めていた時代の核兵器である。大型水爆の実験は、多くの被災者を生みだし、反核運動の高揚をもたらすという皮肉な結果を伴った。
 人工衛星の出現ととともに「宇宙時代」が始まった。第二世代とは、爆発力はある程度に抑え、宇宙時代に対応して弾道ミサイルに装着できるように小型化、軽量化、さらにはMIRV化(独立多弾頭化)された核兵器のことである、とカクさんは述べた。60年代に入ると部分的核実験停止条約が成立し、そのおかげで反核運動は退潮していく。しかし部分核停体制のもとで実際に進んだのは、第一世代の核兵器の第二世代への発展であり、運搬手段のミサイル化、打ち上げ基地を隠すための原子力潜水艦の開発、核軍拡競争の宇宙への拡散であった。核兵器部門の構築・維持コストが暴騰する時代を迎えた。部分核停条約を評価した当時の平和運動の誤りは明確である。
 91年のソ連の崩壊とともに、東側を現在の勢力圏の内部に封じ込める手段としての核兵器の存在理由は失われた。この「ポスト封じ込め」時代に核兵器は必要なのかどうか、必要とすればどのような役割が求められるのかという論点をめぐって、模索と混迷の時期が始まった。
 カクさんは、模索の中身までは触れられなかったが、私見をもって補足すると、「将軍たちの反核声明」の動きに示されたように、「核兵器は莫大な金を食うだけで、実戦には使用不可能だから、米軍の戦力増強にとって有害無益だ」という批判が軍部エリート層のなかから生まれてきた。じじつ一発の大型水爆を宇宙空間で爆発させるだけで、衛星の多くはダメージをうけ、緩速の差はあれ機能停止に追い込まれていく。この点を懸念する「軍事の革命」推進論者のなかからは「核兵器を真に廃絶できるならば、敵が宇宙で核爆発をおこすという「宇宙のパールハーバー」型奇襲を心配する必要もなくなり、「軍事の革命」型の戦力は安定化する」といった角度からの「核無用論」も出されたことが想起される。3)

   

第3世代の核兵器の開発へ

 9月11日事件が、混迷期に終止符をうった。「新たな敵」――テロリストとそれを支援する「ならず者国家」がついに探しだされた。敵の変化にともなって、第2次「冷戦」の目標は「敵の封じ込め」(別言すると、現有勢力圏を認め合ったうえでの「平和的共存」)から「敵の絶滅」へと移っていった。「冷戦」は、10年間の模索期をへて、ジョージ・W・ブッシュとともに新たな段階、敵の絶滅めざして常時「熱戦」を展開するという、いっそう侵略的な段階に入っていったのだ。
 軍部内の「軍事の革命」派から提起されていた「核の無用論」にたいしては、①実戦において使用可能な程度に出力をおさえ、②敵の特性にあわせて、破壊力の量と質を自在に操作・調整できるタイプの「第三世代の核兵器」の開発は可能である、③「宇宙のパールハーバー(核による奇襲攻撃)」の懸念にたいしては、敵ミサイルを打ち上げ直後の加速段階で破壊する「弾道ミサイル防衛」で対処できると説かれた。実際にウォーゲームを行った結果、このような核兵器の開発は、戦略上有用だという結論を軍部は引き出したといわれる。
 こうして「第三世代の核兵器」の開発にゴーサインが出されることとなった。精密誘導された地下貫通型の小型核兵器、猛烈な電磁波を出し、敵の通信網を破壊する電磁波中心型の小型核兵器、宇宙空間に配置された敵の宇宙資産をマヒさせるタイプの核兵器などが、それである。80年代に開発がめざされた人間と生物だけを殺傷する中性子爆弾などは、現在の視点でみると第三世代へ移行する途上の、いわば「2.5世代の核兵器」と位置づけられる。
 原子力は、宇宙空間におけるエネルギー源として再び脚光をあびるようになろう。宇宙配備兵器候補の最右翼に、レーザー光線を発射する衛星を開発しようとする「死の星」計画があるが、レーザー光を生み出す動力源としては、原子力以外には考えられない。プロメテウス計画のような原子力推進ロケットの開発構想も、いま再生しつつある。
 しかし原子力関連施設というのは、敵の攻撃には脆弱だという特性をもつ。たとえば9月11日のテロリストたちの当初の攻撃目標は、インディアン・ポイント原子炉だったが、突入の容易さの点から貿易センタービルに目標が変更されたといわれる。もしインディアン・ポイントに突入していたならば、ニューヨークは「死の都市」になっていたであろう。
「瀕死の犬」のような状態の北朝鮮は、どこから核兵器技術を手に入れたのか。ソ連から得たミサイル技術をパキスタンに提供する見返りに、同国から核兵器技術を手に入れたというのが定説だ。パキスタンは200基の核兵器を保有しているが、もともとその技術を提供してきたのは米国だ。米国が提供した技術がパキスタンを経由して北朝鮮に流れたことになる。チャマーズ・ジョンソンのいう「ブローバック」(砲火の噴き戻し被害)のもう一つの実例がここにある。

   

新しいローマ―「アメリカ帝国」の構築様式(アーキテクチュア)

 冷戦期の米国の戦略の基軸は、ソ連などの封じ込めにあった。封じこめ戦略がみごとに功を奏して、東側が崩壊した。その結果、ブッシュ政権の戦略の重点は、二一世紀型の「帝国」の構築に移動した。ローマ帝国のばあい、精強な地上部隊による支配、大英帝国のばあいは、海洋の支配を基盤にしていたとすると、二一世紀のアメリカ帝国の基盤は宇宙とエネルギー(石油と核)の支配におかれるだろう。
 「新しいローマ帝国」の構築様式は、つぎの3本柱によって支えられることになろう。第1の柱は、出力の量と質を自在にチューニングできる第三世代の核兵器の開発である。第2の柱は、地上の敵を天空から自在に攻撃できる「宇宙戦争」態勢の構築であり、弾道ミサイル防衛は、いわばそのための第一歩として「トロイの木馬」役を務める。第3の柱は、宇宙における最重要のエネルギー源を開発するという視点にたって、原子力開発体制を組みかえることである。
 とはいえ古代のローマ帝国のばあい、「帝国の過剰拡張」の結果として、衰退してしまった。同様にアメリカ帝国のばあいも、帝国建設のコストが暴騰していく結果、経済的に疲弊してしまうのは避けられない。ブッシュ政権も帝国の過剰拡張に走るだろうが、その結果、逆に「ブローバック」の「返り血」を浴びることになるに相違ない。

   

どうしたらよいのか

(1)惰性の思考を脱し、現実の直視を
 平和運動団体の多くは、いまだに核兵器といえば、第一世代のそれを想定するといった類の惰性に囚われたり、冷戦期の「封じ込め」時代の思考と行動の様式を脱しえないでいる。「ポスト封じ込め」時代に入った米国の世界支配の戦略構想の真実を直視し、それとかみあった運動を構築することが大切である。

(2)国連の強化を
 いまネオコンたちは、国連の力を去勢し、「国際赤十字」のような組織に変えようとしている。この攻勢を打ち破り、国連強化を世界の世論にしていこう。

(3)情報と宇宙の技術を市民がコントロールしよう
 コンピュータもインターネットも、宇宙衛星も、元来は軍事技術であった。それが、いまや軍民両用の技術に転換されている。これらの技術の豊かな可能性を軍事の拘束から解放し、平和のための武器に変えていこう。

(4)新しいビジョンにたって若者のエンパワーを
 このままではこの国(オーストラリア)は、米国の経済植民地にとどまらず、軍事植民地となってしまうだろう。この点を若者と語りあい、これにかわる新しい幸せのビジョンを探究していこう。宇宙覇権を基盤にする軍事経済を転換することは、実はあなたの財布の問題なのであり、あなたの子どもたちの問題につながっていることに気づいてほしいと結ばれた。雄弁で説得力に富む講演であった。

パイン・ギャップの話

 集会では、米国の国家安全保障局がオーストラリアに設けている「宇宙からのスパイ基地」パイン・ギャップの現状と基地撤去の展望が語られた。オーストラリア大陸の中央部のアリス・スプリングから南西に19キロ行ったところに、パイン・ギャップ基地はある。1967年に開設されて以降、拡張が続き、現在は衛星との通信用に26基のアンテナがある。うち14基はゴルフボール状の白いドームで隠されている。要員数は02年3月現在876人(うち米国人が428人)に達し、20年前にくらべて倍増している。
 インド洋上空の静止軌道を運行している通信傍受用の3基のマグナム衛星からの情報をダウンロードすることが、主要任務の一つであった。また04年には敵ミサイルの打ち上げをブースト段階でいち早く感知する最新鋭の赤外線監視システム衛星の受信基地となることが予定されている。パイン・ギャップは、同様の任務を担う英国のフィリングデイル基地とともに、弾道ミサイル防衛の重要な一環を担うことになる。
 イラク戦争で、同基地は大活躍をした。キーホール衛星群が収集してくる攻撃対象の画像や信号諜報を受信し、フロリダ州タンパの米国中央軍司令部に転送した。司令部は標的の破壊度を評価し、再攻撃の必要性を判定し、前線部隊に命令を下していったのである。4)
 すでに98年の段階で、軍事衛星群の運用責任者たる米国の国家監視局(NRO)の長官は、次のように予言していた。「敵の動向を地球規模で監視し、軍事作戦を迅速に調整し、スマート爆弾を正確に標的に導くために、こんご米軍は決定的に宇宙システムに依存するようになるでしょう。私たちの目標というのは、地球上のどこであれ、捕捉すべき敵を探知・追跡し、正確に狙うことであり、適切な情報を適時に適切なリーダーに提供することです。」「地球のどこであれ、昼夜や天候のいかんを問わず、敵を正確に攻撃できる」能力を提供すること―それが我々の使命なのです」と。5)
 イラク戦争とは、この予言が現実になった最初の戦争であり、そのために、パイン・ギャップは大きな役割をはたしたのだ。

1)地球ネットの詳細については、http://www.space4peace.org/ を参照されたい。また『希望の種子』38号、03年6月、プルトニウム・アクション・ヒロシマも参照。
2)ウイリアム・J・ブロード(江畑謙介訳)『SDIゲーム―スター・ウォーズの若き創造主たち』光文社、86年を参照
3)ジョナサン・シェル『核のボタンに手をかけた男たち』98年、大月書店、50・58-59・113ページ。
4)Denis Doherty, Pine Gap and the War on Iraq, Australian Anti-Bases Campaign Coalition Bulletin, April 2003.
5)P.Dorling, Australia's Secret War, The Diplomat, Oct-Nov. 2002.

(『経済』2003年8月号、新日本出版社 所収)