ミサイル防衛と宇宙の軍事化を考える 

藤岡 惇

   

 二〇〇七年度予算案中の「ミサイル防衛」費は一八二六億円となり、前年比三〇・五%増という破格の伸びを示した。また本年二月二六日には四基目の情報収集衛星が打ち上げられ、一九九八年以来五千五百億円以上を費やして追求してきた四基セットの地球偵察衛星システムは完成することになった。他方本年一月一一日、中国は宇宙衛星を地上発射のミサイルで破壊する実験に成功し、世界に衝撃を与えた。このような情勢のもと、宇宙の軍事利用を容認する「宇宙基本法案」が今春の国会に上程されようとしている。
   いま宇宙(といっても当面は月軌道あたりまでの近宇宙の範囲だが)を舞台にして何が進んでいるのか。その全体的な見取り図を描きだし、どう判断したらよいかを考える素材を提供したいと思う。

   

1.「宇宙基本法案」をめぐる諸論点

 軍部と軍産複合体が暴走して、戦争をおこさせないよう、これまで日本では、軍事研究や兵器生産には厳しい枠をはめてきた歴史がある。原子力の開発については、「自主・民主・公開・平和利用」という枠をはめてきたし、「宇宙開発事業団」成立時の一九六九年五月の国会の全会一致の決議にもとづき、宇宙開発にも「非軍事目的」に限るという条件を課してきた。
 これにたいして、宇宙開発に熱意をもつ自民党の一部政治家と経済界リーダーの間から、宇宙開発を促進し、宇宙産業を育てていこうとすれば、「非軍事目的」に限るというこれまでの原則はマイナスとなるという意見が台頭してきた。この意見を容れて今春の国会には、「非軍事目的」原則の撤廃を明確にする「宇宙基本法案」が上程されようとしている。
 日本経団連の雑誌『経済トレンド』二〇〇六年十二月号が、この動きを主導する二人のリーダーたる河村建夫氏(元文部科学大臣で自民党宇宙開発促進特命委員会委員長代理)と谷口一郎氏(三菱電機相談役で経団連宇宙開発利用促進委員長)の対談を特集している。
 なにゆえに「非軍事目的」原則の撤廃が必要だと主張されるのか、その論拠を整理してみると1)、次の五つの論点が浮かび上がってくる。
  ①米国の圧倒的に強力な宇宙産業の形成にあたっては、国防総省による宇宙の軍事的利用の推進が決定的な役割をはたした。日本でも、科学的探査という目的や営利的な商業目的だけでなく、宇宙の軍事的利用という目的を容認しないと、高い技術力をもった宇宙産業を育成できない。
  ②軍事的利用といっても、「敵地攻撃能力を持たない防衛的なもの、非侵略的なもの」に限定するので軍拡競争をあおる心配はない。
  ③日本国民の安全を守るためにもミサイル防衛には積極的に参加すべきだ。宇宙の軍事利用の容認はそのための策でもある。
  ④宇宙開発を促進するには、総合的な国家戦略として位置づける必要がある。そのためにも「基本法」の制定が必要だし、首相を本部長とする「宇宙戦略本部」を内閣に設けるべきだ。
  ⑤人工衛星の調達については、米国製品の調達に道を開いたスーパー三〇一条による日米合意をみなおし、日本企業が衛星づくりの分野に進出できるよう支援すべきだ。
  はたして、このような「宇宙の軍事利用」容認論は正しいのだろうか。以下、世界史の歩みに照らして考えてみたい。

   

2.宇宙ベースの「ネットワーク中心型戦争」が始まった

 

「冷戦勝利」の戦利品たる宇宙と核の覇権を引き継いで

 冷戦期の米ソ両国の軍事戦略の基軸を形成したのは核戦略であった。核兵器は、第一世代(原爆)から第二世代(水爆)へと進化してきた。原爆誕生から一二年後の一九五七年にソ連が世界最初の人工衛星を打ち上げ、「宇宙時代」が始まった。「宇宙時代」に対応して、核兵器は第三世代の核弾頭に進化した。核弾頭とは、ミサイルの先端に装着できるように小型化・軽量化・低出力化された核爆弾のことである。
 これまで米国政府は一兆ドル以上の公金を投入して宇宙産業を立ち上げてきた。打ち上げてきた衛星総数の3分の2は軍事・諜報衛星だったといわれる。2)他方、張り合ってきた旧ソ連の宇宙産業は見る影もなく衰えてしまった。今日、宇宙活動に米国は年間三六〇億ドル費やしているが、これは世界全体の宇宙支出総額の七三%にあたる。軍事関連の宇宙活動に限れば年間二百億ドル使っており、世界の九〇%を占めている。
 米国の科学者団体「憂慮する科学者同盟」の推定によると、〇五年十二月現在、七九五基の宇宙衛星が地球を回っているが、そのうち米国が四一三基、ロシアが八七基(ただし六割以上は機能停止状態)、中国が三四基を占めている。3)別の資料によると、九〇年代末の時点で、米国の政府機関が二百基以上の衛星(軍事・諜報衛星が中心)を運用しており、その価格だけで一千億ドルを超えるという。4) 宇宙空間の独占的支配権というのは、核の覇権と並んで米国が冷戦勝利の戦利品として手に入れた特別の遺産なのである。

宇宙軍事化の第二段階を画するNCW

 宇宙の軍事利用(軍事化)には、その範囲と深まりに応じて、いくつかの段階がある。
①偵察衛星・ミサイル発射探知衛星・軍事通信衛星などを宇宙空間に配置して情勢収集の手段にする、②大気圏外の低層をミサイルの飛行ルートとするといったレベルの宇宙利用が軍事化の第一段階であった。
 第二段階とは、現ブッシュ政権のラムズフェルド国防長官などが主導した「軍事革命」に伴って現れてきた段階である。冷戦の遺産たる宇宙空間とサイバー空間への圧倒的な支配力をバックに、兵器システムの「神経系統」を宇宙に移し、宇宙をベースにして各種兵器を統合的に運用しようとする段階である。この段階の戦争を米軍は、「ネットワーク中心型戦争(Network Centric Warfare NCW)と呼んでいる。5)

NCWの最初の実験場―イラク

 〇三年三月に米英軍が始めたイラクにたいする侵略戦争は、宇宙ベースのNCWの威力をまざまざと示した。米軍は、中東上空に大量の偵察衛星・通信衛星・早期警戒衛星を移動させ、戦略情報を握ったうえで、先制攻撃を開始した。すべての戦闘は、宇宙から統合的に指揮・調整され、戦果が評価された。爆弾とミサイルの六〇%がGPS(測地)衛星によって精密誘導され、フセイン政権打倒に大きく貢献した。
 ただしNCW型の戦力では、「自爆テロ」には対処できないし、人心を掌握することもできない。NCWはイラクの事物の破壊にはどんなに秀でていても、平和(健康な社会関係)の建設には無力であることが、しだいに明らかとなっていく。

NCWの進化――全米戦略軍団の再編とイランへの先制攻撃の可能性

 米英軍によるイラクへの先制攻撃は、「核抑止力を保持しておかないと、米国に侵略されてしまう」という恐怖心を世界に広げた。イランの新政権がウランの濃縮を始め、北朝鮮が核実験に踏み切ったのも、このような懸念と無関係ではない。
 イラクからの撤兵を求める世論に対抗するため、ブッシュ政権内の右派勢力が、イスラエル軍と協力してイランの核施設の先制攻撃に踏み切るのではないかという情報が繰り返し流れた。北朝鮮の核問題については、外交的解決の方向に舵をきったのは、二正面作戦を避け、軍事攻撃をイランに集中するための措置ではないかと勘ぐる向きが少なくない。
 イラン侵攻作戦が始まったばあい、最も重要な役割を果たすのは、ネブラスカ州オマハ近郊に立地する「全米戦略軍司令部」(US Strategic Command)であろう。全米宇宙軍司令部(宇宙を活用する作戦を担当)と戦略軍司令部(核戦争を担当)とを統合するかたちで、〇二年に設置された司令部である。常設組織としては「頭脳」(司令部)だけを設けておくが、作戦遂行の段になれば必要な部隊を選び出し、「戦略軍司令部」の統合的指揮下で「腕」を動かすことになる。
 全米戦略軍の使命とは何か。米国が有する宇宙と核とサイバー空間の覇権を活用して、①「ならず者国家」や「テロリスト組織」に攻撃命令が下ったときには、敵が地球上のどこに隠れていようと、核と非核の兵器を用いて精確に攻撃する、②核大国にたいしては、戦略核兵器をもちいて抑止する戦略を継続する、③ミサイル防衛網を構築し、ミサイルを用いた敵の反撃を封殺する、というものである。まさに宇宙をベースしてNCWを遂行するための司令部として創設されたものだ。全米戦略軍司令部のロゴマークを見ていただきたい(図1)。宇宙から鉄拳と稲妻を用いて地球を攻撃するというメッセージが明確だ。地球上のどこに潜んでいようとも、電光石火のスピードで敵に壊滅的な打撃を与えるという全米戦略軍の決意が表現されている。
 三つの任務のなかで、第一の任務ーー敵を電撃的に攻撃するという任務を担うために組織されたのが、「宇宙・地球規模攻撃軍司令部」(Space and Global Strike Command)であり、奇しくも長崎への原爆投下六〇周年記念日にあたる〇五年八月九日に立ち上げ式典が行われた。「宇宙・地球規模攻撃」の作戦計画が遂行可能かどうかを検証するため、同年一一月一日から一〇日にかけて「地球規模の稲妻」演習が実施され、「初期段階の作戦能力」を獲得したという判定を受けた。6)イランの核施設・軍事施設を先制攻撃するばあい、「宇宙・地球規模攻撃軍」が先鋒を担うことであろう。7)
   経済の世界では資本移動のグローバリゼーション(地球規模化)の時代に入ったといわれて久しいが、軍事の世界では戦力移動の「プラネッタリゼーション」(惑星規模化)の時代に突入したといっても過言ではない。

   

3.NCWの一翼を支える偵察衛星群の配備

 

 日本政府は、地上四〇〇キロから六〇〇キロの上空を地球の地軸にそって南北に周回する情報収集衛星(実態は偵察衛星)を四基(光学型が二基、夜間でも撮影可能なレーダー型が二基)配置する計画を立て、その実現のために一九九八年以来五千五百億円もの巨費を投じてきた。8) 本年二月に最後(四基め)の情報収集衛星が打ち上げられ、当初の目標は一応達成されたのであるが、性能の点では不十分という結果となった。すなわち「非軍事目的」という制約のために、①一般の商業衛星と同じレベルの解像度(1メートル程度)しかもたず、軍事偵察衛星の解像度(10センチ程度)とくらべて性能が格段に劣ること、②軍民両用の多目的衛星となったこと、③運用が防衛庁ではなく、内閣官房に託されたからである。五千五百億円という血税を投入したにもかかわらず、軍事目的にはあまり役立たないものになってしまったのである。
 宇宙基本法が制定され、本格的な軍事偵察衛星の調達が可能になってくると、性能の劣る四基の情報収集衛星はお払い箱にし、米国製の最新鋭の軍事偵察衛星を購入せよという圧力が強まってくるのは避けられないであろう。
 ところでこれらの偵察衛星群は、どのような地域範囲をにらんで運用されるのか。その点で参考になるのが、〇五年に防衛庁が策定した「こんごの情報通信政策」と題する戦略計画だ。それによると衛星通信の使用範囲は、従来の東アジアから大きく拡張され、中東・アフリカの北東部からインド・アセアンを含む「不安定の弧」全域をカバーするものとなっている。同様に偵察衛星のカバーする範囲も従来の極東地域にとどまらず、「不安定の弧」の全域に拡張され、米軍と情報を共有していく可能性が高い。9)
 米国の軍事衛星に精密誘導されたスマート爆弾やミサイルを与えられて、自衛隊員が戦わざるをえないという時代が、すぐそこまで来ている。開発が予定されている日本の次世代の「偵察衛星」が米国のNCWシステムの一環に組み込まれたとしても、なお「敵地攻撃能力を持たない防衛的なもの、非侵略的なもの」(河村建夫氏)と弁明できるのだろうか。10)

   

4.ミサイル防衛(MD)の本当の狙い

 全米戦略軍司令部が、自らの三大任務の一つとしてミサイル防衛(MD)を位置づけていたことを思い起こしていただきたい。米軍が「宇宙・地球規模攻撃」を行う際に、敵ミサイルによる応戦を封殺するための「盾」の役割をはたすのがMDにほかならない。ブッシュ政権の進めるNCWに組み込まれることで、MDは、敵ミサイルの宇宙空間への進出を拒否する「盾」に、地球規模攻撃を宇宙ベースで指揮・管制するNCWシステムを守りぬく「盾」に変質したわけである。
 ブッシュ政権がMDシステムの配備を急いでいる地域が二つある。第一が東欧地域であって、長期的にはロシア、短期的にはイランのミサイル応射を封じるのが目的だ。二〇一一年から一二年にかけて、チェコに地上レーダー施設を建設し、ポーランドに迎撃ミサイル発射基地を建設する計画を米国が明らかにしたことから、MDの東欧配備の是非をめぐって欧州世論が沸騰しつつある。
 第二の地域が日本および周辺海域である。こちらのばあいは、長期的には中国、短期的には朝鮮のミサイル応射を封じることが目的となる。

中国・朝鮮を抑止するためのMDシステムの配備

 経済的なライバルに成長しつつある中国を封じ込め、無害な存在に変質させようとして、米軍は東アジア、とくに中国シフトを強めてきた。
 横須賀を母港とする米海軍のイージス艦の数は増え続けている。〇六年の八月にスタンダード・ミサイル三搭載のイージス巡洋艦シャイローが配備されると、横須賀の米軍艦一一隻中、イージス艦が八隻となる。日本海側を中心とする民間港も、イージス艦寄港の標的となってきた。北東アジア・中国から中央アジアを経て中東にいたる「不安定の弧」全域をにらんだ米国の「宇宙・地球規模攻撃」態勢の前線基地として日本は位置づけられている。

   

5.MDは宇宙の軍拡競争に拍車をかける

 

宇宙軍事化の第三段階――地上から衛星の破壊実験に踏み切った中国

 NCW型戦争にとっての「アキレス腱」は、宇宙に配備された「神経系統」の脆弱さだ。開戦にあたって、まず米国の宇宙資産に奇襲攻撃をかけ、NCWの「神経系統」を麻痺させることが「米国の敵」にとって最良の戦略となるだろうーーこれが、ラムズフェルドたちが繰り返し警告してきた「宇宙のパールハーバー」という事態にほかならない。
 本年一月一一日に彼らの懸念が現実のものになった。同日、四川省西昌の衛星発射センターから、中国軍が弾道ミサイルを発射し、八五〇キロ上空を飛行中の自国の老朽化した気象衛星を破壊する実験に成功したからである。追跡可能な直径一〇センチ以上の破片(デブリ)だけでも六五〇個生まれ、雲のようなかたまりになって、地球を周回しているという。
 地上からミサイルを打ち上げ、敵の衛星を破壊するASAT(対衛星攻撃兵器)実験は、一九八〇年代前半まで何度も行われてきたのだが、八五年九月の米国による衛星攻撃兵器の実験を最後に停止された。ただし地上から赤外線レーザー光線を衛星に照射して衛星を破壊するミラクル実験のほうは一九九七年九月まで行われていたという。11)
 攻撃側が、宇宙軍事化の第三段階に突入し、宇宙空間を飛ぶ衛星を捕捉・破壊しようとすると、MD(ミサイル防衛)側の迎撃ミサイルも、敵ミサイルを追尾して衛星軌道付近まで達することになろう。攻撃側が宇宙軍事化の第三段階に入ると、防衛側も第三段階に入ることで対抗しようとする。したがって第三段階に入ると宇宙が戦場化する可能性が高くなる。その結果、破壊されたミサイルや衛星群は、無数のデブリとなって地球を周回し、宇宙の科学探査や商業的利用の障害となっていくであろう。

 

対抗して米国は宇宙軍事化の第四段階へ

 今回の中国のASAT実験のように、内陸の奥地から垂直にミサイルを打ち上げたばあい、中国の領土外に配置した迎撃ミサイルを用いてこれを破壊することは難しくなる。いわゆる「宇宙兵器」(兵器システムの心臓部たる実戦部分)を宇宙空間に配備し、上昇する衛星攻撃ミサイルを宇宙から迎撃し、破壊するほかなくなるだろう。宇宙空間に実戦兵器が配備されると、宇宙軍事化は第四段階を迎えることになる。この段階の到来を見越して、一九八〇年代から米国の軍産複合体は、「宇宙兵器」の開発実験を着実に積み重ねてきた。
 米国の「国家宇宙政策」は、一〇年ぶりに改定され、〇六年の八月末にブッシュ大統領の署名をえて発効していたが、一〇月二四日にその骨子部分が公表された。
 それによると、宇宙利用の自由が米国の死活的な軍事的経済的利益と結びついていることを認識し、①米国が宇宙で活動する自由を堅持する、②宇宙で活動する能力をさらに発展させる、③敵対勢力による宇宙の利用を拒否し、抑止する能力を高める、④米国の宇宙利用の自由を制限するような取り決めは拒否する、⑤宇宙活動の動力源として核エネルギーは有望であるため、その宇宙配備を推進する、というものである。12) 米軍の宇宙活動の自由を死守し、敵対勢力の宇宙利用を拒否するには、宇宙への実戦兵器の配備が必要となるし、その動力源として小型原子炉の宇宙配備も早晩求められることになろう。
 イラク戦争の開戦直後にサダム・フセインが側近と会談していたとされるレストランが米軍機によって攻撃されたことがあった。その時は情報入手から攻撃までに三八分かかったため、暗殺は失敗に終わった。X線レーザー兵器を搭載した衛星が宇宙に配備されたばあい、瞬時にレーザー光線を使って攻撃をかけることができるので、一分以内に勝負がつくだろう。宇宙軍事化の第四段階に入ると、このような暗殺さえ可能となるのだ。

宇宙軍事化の最終段階――宇宙での核爆発による応戦

 米国のNCWシステムが宇宙兵器によって防衛されるようになれば、敵国は、どのような作戦で対抗するだろうか。おそらく核弾頭を搭載したミサイルを打ち上げ、宇宙空間で核爆発を起こすという戦法に出るであろう。宇宙の真空空間では核エネルギーは減衰せずに広がっていく。宇宙での核実験(一九五八年のプロジェクトアルゴス実験や六二年のヒトデ実験など)の経験から、宇宙での核爆発がどれほど強大な威力を発揮するかを人類は知っている。
 核兵器の開発は、第三世代(小型化・軽量化・低出力化された核弾頭)の段階で停止してきたが、こんご第四世代が開発されるとすれば、①テロリストが持ち運びできるスーツケースに入った超小型の核爆弾、②地下に潜んだ敵を破壊できる貫通力の高い「針状の核弾頭」といったタイプだけでなく、③宇宙で爆発させる超強力な核弾頭の開発も日程にのぼってくるだろう。
 水爆スタイルの核弾頭のばあい、核融合材料(トリチウムガス)の充填量を増やすことで、無限に爆発力を増大させることができる。地球上で行われた最大規模の核実験は五〇メガトンであったが、仮に数百メガトンの核弾頭を数発、近宇宙で爆発させたとすると、巨大な電磁パルスが発生し、遅かれ早かれ宇宙衛星群は麻痺していき、NCWの遂行は不可能となるだろう。そして地球上の人間と動物たちは、天空に出現した巨大なオーロラをみながら絶滅の恐怖に慄くことであろう。

   

6.宇宙の軍事化は商業的利用や科学的探査の発展に役立つか

経団連会長の幻想

 本年の元旦、『希望の国、日本』という政策提言を日本経済団体連合会が公にした。そのなかで「希望の国」に接近するには「新しい成長エンジンに点火する」ことが必要であり「イノベーション」の推進が大切となるので、「産官学の連携を推進し、宇宙開発分野など戦略分野へ資源を集中していく」べきだと論じている。経団連会長の御手洗冨士夫氏じしんも、自著『強いニッポン』(朝日新書)のなかでこう書いている。「日本とアメリカでは一つ、決定的な違いがある。国家的な大プロジェクトの有無である。・・・『宇宙』と『軍事』という二大プロジェクトの基礎から生まれたハイテクだ。・・・そういう意味で、私は、アメリカがうらやましくてならない」と。13)
 日本の指導者には、一九八〇年代の宇宙軍拡時代に米ソの経済に何がおこったのかを正確に認識していただきたい。当時、軍事用の宇宙機器には、核戦争のもとでもワークする特別な仕様(放射線の照射や核爆発への耐性を強めたり、敵の攻撃から逃げる移動能力など)が求められ、軍民分離の壁が宇宙産業を貫くようになった。その結果、軍事部門は貴重な資源を吸収するが、何も与えない「ブラックホール」のような状態となり、米ソの経済を荒廃させていった。14)二〇年をへた今日、同じ誤りの轍を踏んではならない。むしろ商業目的に徹することで、軍事重視の米国の半導体・コンピュータ産業を追い抜いてきた日本の半導体・パソコン業界躍進の教訓をこそ学ぶべきであろう。

軍産複合体がはびこると経済は荒廃する

 冷戦が始まった頃、核軍拡がなぜ合理的かという理由づけの一つとして、核軍備のコストは非常に安いと宣伝されたことがある。確かに核兵器システムのなかの爆弾や弾頭のところだけを注目すると、量産効果のおかげで一発数億円といった水準まで生産コストは低落した。「福祉国家を建設するためにも、安上がりの軍備たる核戦力を重視しよう」と主張されたわけだ。
 しかし、核兵器のなかの爆弾・弾頭をのぞく周辺部分、すなわち打ち上げ台(原子力潜水艦や空母、移動式のミサイル基地など)、運搬手段(ミサイルや戦略爆撃機)、運搬手段を目標まで誘導する神経システムの価格は、際限もなく暴騰していった。いわば付属品部分に爆弾の一〇倍以上の費用がかかるようになり、米国のばあいは、核軍備に費やした総費用は六兆ドルに達したといわれる。
 同じことは、宇宙産業やMDにかんしても言える。一九八〇年代初頭の時期、米国の軍産複合体は金儲けの種がなくなり、困っていた。攻撃型の核兵器は飽和状態になっていたからだ。そこで発想を変えて、ミサイル防衛の構想(当時はSDIと呼ばれた)に転換したところ、巨額の国防予算がつき、軍産複合体が生き残ることができた。 税金を吸い上げていくためには、いくらかかるか不明確で、効果の測定も不確かで、国民の不安感を煽れるような兵器システムがいちばん都合がよい。その点でMDというのは優等生である。
 研究開発以外の宇宙衛星の調達にあたっては、国産品を保護・優遇しないという一九九〇年の日米合意で、日本の衛星メーカーが大打撃をこうむった経験があるが、米国はこんごも日本にたいしては、自前の宇宙産業の育成を許さないだろう。それゆえ宇宙の軍事化を推進しても、経済的利益は米国の軍産複合体に吸い上げられていく恐れが強い。

科学的商業的利用に困難を強いる

 財政危機のもとで、日本政府の宇宙関連支出額は、年間二五〇〇億円のレベルで頭打ちとなっているし、宇宙開発を担う優秀な人材の数も限られている。軍事部門に財源と人材とが吸い上げられていくと科学部門・商業部門の発展をささえる人材と資源は払底していくに違いない。
 さらにまた宇宙の軍事化が進むと、科学探査衛星や商業衛星にも戦争仕様(さらには核戦争仕様)が求められ、コストアップの要因となるし、軍事機密の名のもとで研究成果の流通が制約されたり、科学の発展が妨げられることもおこるだろう。宇宙が戦場化すると大量の破片(デブリ)が発生するし、宇宙が放射能で汚染されたりすると、宇宙の科学的探査も観光旅行も不可能になってしまう。平和という環境があってこそ、宇宙開発の科学部門も商業部門も、ともに発展していくことができるのだ。

   

7.正気の代案を求めて―南極条約に学ぼう

 イラクにたいして米軍がしかけた宇宙ベースのNCW型の戦争は、緒戦こそ米軍の完勝に終わったものの、結局はゲリラ戦・市街戦となり、泥沼化してしまった。おまけにNCW型戦争は、大変な金食い虫であることも立証された。
 MDを推進し、宇宙の軍事化をすすめることが、崩れぬ平和を構築していく道だという根拠を宇宙軍拡の推進者たちが示せなくなってきたといってよい。

MD参加を拒否したカナダの知恵

 カナダ国民の圧力を受けて、〇五年二月にカナダ政府は、米国の主導するミサイル防衛への参加を拒否する決定をくだした。この決定をもたらしたのは、次の三つの事情が作用した結果だったとされている。
 第一に、ブッシュ政権の進めるMDは、宇宙への兵器配備に反対するというカナダの国是に反したからである。じっさいクリントン時代に構想されていたMDは、地上配備の迎撃ミサイルに限定されており、宇宙に兵器を配備しないという条件のものであった。ところがブッシュ政権は、宇宙空間から敵のミサイルを迎撃するシステムを展望していたので、マーチン自由党政権は、クリントン時代のMDならばともかく、ブッシュの構想にたいしては、反対するほかなくなったわけである。
 第二に、カナダの周辺には北朝鮮のように得体が知れない「恐ろしい」国がない。そのうえカナダでは、小型の原子電池を備え付けた衛星が墜落し、大地がプルトニウムに汚染されたという事件がおこったことがあり、宇宙の問題には非常にセンシティブに反応する伝統があったことである。
 これに加えて、市民的なシンクタンクもしっかりしており、多様な国民的な議論を積み重ねた上で、MDには参加しないという結論を出したわけである。15)

MD参加への懸念が高まる欧州

 先に述べたように、東欧におけるMD網の構築の拠点として、二〇一一年から一二年にチェコに地上レーダー施設を建設し、ポーランドに迎撃ミサイル発射基地を建設するという計画を米国が明らかにした。東欧におけるMD網の構築は、短期的にはイラン、長期的にはロシアのミサイルの応射を封じ込め、無力化する狙いがあると解説されている。
 これにたいしてロシアは猛反発している。東欧におけるMD網の構築に米国が固執するならば、中距離核ミサイルなど、MD網を貫通する能力をもつ核戦力の増強で対抗するとロシアのプーチン大統領は警告するなど、冷戦時代に逆戻りしたかのような雰囲気に東欧は包まれている。 このようなMD基地の設置は、米国のNCW型の先制攻撃能力を強め、ロシア・イランの反発と対抗軍拡を強めるだけであり、軍事バランスを不安定にするという懸念が欧州市民のあいだに広がりつつある。最近の世論調査によると、チェコ国民の六五%、ポーランド国民の五四%が米国のMD施設の建設に反対しているという。

原発の巣たる東北アジアの現実を見よう

 今日、拉致問題などをめぐって日本人のあいだに朝鮮(朝鮮民主主義共和国)への反発が強まっているが、戦争という手段で矛盾を解決することは、東北アジアでは絶対の禁じ手にすべきだ。なぜなら、日本海周辺の朝鮮、韓国、日本には、世界の原子炉総数の四分の一にあたる七〇基もの原子炉が集中しているからだ。一基当たりの平均出力は、百万キロワットで、チェルノブイリ級を上回っている。このような超大型の原発が密集しているところでは、戦争は核の破局を招くだけだというリアルな認識を日本人のあいだに広げていきたい。

南極条約をモデルに宇宙条約の修正を

 一九五〇年代末の時期、米国がソ連とともに「南極に軍事基地をつくるのをやめよう」と提起し、当時「南極は自国の領土だ」と主張していたイギリスなど七カ国を説得し、領土権主張を凍結させたことがある。こうして五九年一二月に領土権の棚上げ、軍事基地の設置禁止を含んだ軍事利用の禁止、科学調査の自由と国際協力、環境の保全などの条項をもつ南極条約の締結に成功し、六一年六月にこの条約は発効した(現在は、五つの核保有国や日本をふくめて、四五カ国が参加)。この条約のおかげで、南極大陸は「平和の大陸」となり、各国の基地間の相互訪問や協力関係が築かれ、共同の科学的探査も進んだ。
 他方、一九六六年制定の宇宙条約では、「宇宙空間における大量破壊兵器の配置の禁止」をうたないながら、「兵器一般の配置」までは明文でもって禁止していないという限界をもっている。16) かねてカナダ・ロシア・中国などが「宇宙空間における兵器の配置の禁止」を明文化する条約修正の運動をおこなっているが、さらに南極条約の到達点をもりこんだ修正がなされることが望まれる。

 

東北アジアに非核・非ミサイル地帯を

 米国が先制攻撃を敢行した際に、中国・朝鮮側のミサイル応射を封じこめる意味をMDがもつ以上、MDに固執することは、中国・北朝鮮の反発を強めるだけであり、東アジアの安定した経済発展を難しくするものであろう。中国や韓国における日本製品のボイコット運動を再発させる恐れさえある。
 他方、外交交渉が有効な役割を果たしうることは、朝鮮の核危機を解決するためのこの間の外交交渉の成果をみれば明らかである。朝鮮・韓国・日本を「非核・非ミサイル地帯」にする条約を結ぶことができれば、無料(紙代だけ)で、はるかに深い安心が得られるのは必定である。 核兵器だけでなく、ミサイルも禁止する。そうすれば人々は深い安心感を持つことができるだろう。そのうえで、朝鮮を現在のベトナムのような方向に誘導していくべきであろう。そのうえで「内臓がつながったような東アジア経済圏」を作ることができれば、朝鮮の飢餓問題も解決に向かうであろう。
 平和な気持ちで夜空の星を見上げたいものである。子どもたちの夢とファンタジーを育てる空間として宇宙を守っていきたいものである。いつ放射能と殺人兵器が襲いかかってくるかわからない―宇宙をそのような状態にしておいて、情緒の安定した優しい子どもを育てることなどできるだろうか。難しい岐路に今、日本は立たされている。17)

   

1)前掲の対談のほかに、『朝日新聞』〇六年三月二九日付け、『日本経済新聞』〇六年一一月七日付け、〇七年一月二九日付けの記事も参照。
2)藤岡 惇『グローバリゼーションと戦争』〇四年、大月書店。四七-五五ページ。
3)『東京新聞』〇五年一二月八日付け。
4)Jeffrey Mason, Space :Battlefield or Frontier of the 21 Century, Defense Monitor, Nov.30,1999.
5)江畑謙介『情報と戦争』〇六年、NTT出版、二三―五六ページ。『日本経済新聞』〇七年一月二〇日付け
6)Michael Chossudovsky, Nuclear War Against Iran, Jan.5 2006,
7)Hans M. Kristensen, Preparing for the Failure of Deterrence, SITREP 61-5,Nov/Dec.2005p.10. 梅林宏道「グローバル・ストライク」『核兵器・核実験モニター』二四九-二五〇号、〇六年一月。
8)『赤旗』〇六年九月十三日付け。
9)『毎日新聞』〇五年三月十三日付け。
10)『日本経済新聞』〇七年一月二九日付け。
11)ロザリー・バーテル『戦争はいかに地球を破壊するか』二〇〇五年、緑風出版、一六二ページ。
12)『宙の会』のホームページhttp://www.soranokai.jp/を参照。
13)「御手洗経団連」『経済』〇七年三月号、五七ページも参照。
14)藤岡 惇『グローバリゼーションと戦争』四六-五四ページ。
15)藤岡 惇「なぜカナダ国民はミサイル防衛への参加を拒否したのか」『長崎平和研究』二〇号、〇五年十月、四〇-四九ページ。
16)青木節子『日本の宇宙戦略』二〇〇六年、慶應義塾大学出版会、六六ページ。
17)ブルース・ギャグノン(藤岡 惇訳)「危険な宇宙レースの道を歩みだした日本」『世界』〇五年七月号、岩波書店、二三一ページ。

(『世界』2007年4月号、岩波書店)