藤岡 惇
丹後半島の経ケ岬の突端部から西4キロに、京丹後市宇川という小さな集落があり、宇川から岬の方向に少し戻った日本海沿いの景勝の地に、航空自衛隊経ケ岬分屯基地がある。昨年3月に、その隣に「ミサイル防衛」システムの一環となる「Xバンド京都レーダー基地」を建設する計画を米国政府は公表した。昨年9月19日に京都府知事が建設に向けてゴーサインを出し、本年5月27日に基地の建設工事が始まった。2007年に同種の米軍基地が、青森県つがる市の航空自衛隊車力分屯基地内に開設されているので、これが2番目の計画となる。
懸念の声が強くあるにもかかわらず、本年末から運用開始という日程で建設工事は進んでいる。このまま推移すると、全国で133番目、関西圏では初の米軍基地が動き出すだろう。北朝鮮が衛星打ち上げ用と称するミサイルを発射した折、破壊措置命令を防衛相が発し、迎撃ミサイルのペイトリオットを搭載した巨大トラックの部隊が国内を動き回ったが、目立った抗議行動は起こらなかった。北朝鮮や中国側からのミサイル攻撃に不安を感じ、「ミサイル防衛」(以下MDと略)というものに幻想をもっている国民が日本には少なくないからだ。
米国は地上から数百キロの近距離軌道、2万キロの測地(GPS)衛星軌道、3・6万キロの静止衛星軌道に、150基余りの軍事衛星編隊を回らせている。宇宙という至高の高地から地球上の全戦力をネットワークで結びつけ、「敵勢力」の情報を諜報衛星に吸い上げ、この情報にもとに無人飛行体を飛ばし、先制攻撃する新型戦争のしくみを構築してきた。このしくみは「宇宙ベースのネットワーク中心型」戦争と呼ばれた。じっさいイラク戦争は、2003年2月の米軍の先制攻撃から始まったし、昨年12月には、戦略司令部傘下の「地球規模直撃軍団」がシリアへの先制攻撃に踏み切る直前まで行ったことはご存知のとおりだ。
東アジアも例外ではない。1994年4月、米国のクリントン政権は、核を開発中の北朝鮮にたいして先制攻撃を始めようとしたが、「朝鮮戦争では2百万人が犠牲になった。いま戦争が起きれば・・・、戦後の国家建設は灰となる」と韓国側が抵抗したこと、傷病兵受け入れに日本側が難色を示したことに加えて、カーター元大統領が捨て身の北朝鮮訪問を敢行したおかげで、先制攻撃が直前に中止されたことが想起される。
今日でも、米軍との圧倒的な戦力差を考えると、北朝鮮や中国の核開発拠点やミサイル基地にたいする米軍の先制攻撃から戦争が始まる可能性が高い。そのばあい、北朝鮮や中国は残存ミサイルを応射して反撃するだろう。MDとは、応射ミサイルを撃墜し、米国の新型戦争システムを守り、米軍を完勝に導こうとするものであり、日本国民の命と暮らしを守るものではない。
経ケ岬に配置されるXバンドレーダーは、波長2.5?3.75cmの電波を用いる。通常の戦闘機搭載用の波長(30?100cm)と比べて高い分解能が得られるが、この波長帯では遠くまで電波が飛ばないので、高出力によって強制的に電波を飛ばすことになる。
ある程度の確率で「敵」のミサイルを撃墜できるのは、発射直後の低速上昇の段階が中心だ。中間段階に入ると、おとり弾頭を放出して目くらましができるし、標的近くまで来ると、猛スピードとなり、撃墜は困難となる。加えて核大国の間では、ミサイルを無人の宇宙飛行機(たとえばX-37B)の方向に進化させ、速度・進路を自在に変えることで、迎撃ミサイルを避ける計画も追求中だ。
MDによって一定の撃墜率を期待できるのは、技術的に大きく劣った「敵」を相手にするばあいと、発射直後の上昇段階で敵のミサイルを探知できるときに限られる。北朝鮮や中国を念頭において経ケ岬に強力なレーダーを配置しようとするのは、そのためだ。
技術的に遅れた北朝鮮や中国が米国の攻撃を受けた場合、残存したミサイルを用いて、どこを狙って反撃してくるだろうか。MD網を正面突破することを避けて、米軍の戦争システムの最も弱い「急所」に絞って、反撃を試みるのではないだろうか。反撃の急所となるのはどこか。防御困難な3つのターゲット――①戦時体制には不慣れで警戒の弱い日本の地上施設、②宇宙衛星編隊、③原発施設に狙いをつけることが容易に予想される。
MDの前線基地で、防御体制の貧弱なXバンド京都レーダー基地のようなところが、反撃の第一のターゲットとなるだろう。イラク戦争の開戦時に米軍は、イラク軍のレーダー基地の破壊から攻撃を始めたが、反撃のばあいも同様に、レーダー基地の破壊から始まることが予想される。そのばあい、Xバンドレーダーは可動式のため安全な場所にまず退避し、米軍関係者は地下深くに隠れ、地域住民だけが取り残され、反撃にさらされることになるのではないか。
第2の標的は、米軍と諜報機関の運用する150基の軍事・諜報衛星群となるだろう。なぜならこれらの衛星は、米国が地上に設けた基地群の上に君臨し、これら基地群を統合するもっとも重要な基地、基地の王様だからだ。しかもこの王様は「横腹をさらして」巡回する「裸の王様」でもある。迎撃ミサイルで敵ミサイルを直撃し、破壊するのは難しいが、軍事衛星には武器が搭載されていないことに加えて、定時に定位置を巡回するので、はるかに撃墜しやすい。
かねてから宇宙大国は、地上からレーザー光線を発射し、衛星を照射する訓練を行ってきたが、2007年1月11日、中国軍は弾道ミサイルを、内陸部の四川省西昌から、米国のミサイルでは迎撃できない垂直に近い角度で発射し、高度850キロの宇宙空間で自国の気象衛星を撃墜することに成功した。残骸は今も650個以上の断片(デブリ)となって、地球を周回している。対抗して米国の戦略軍司令部は、2008年2月21日にイージス巡洋艦から迎撃ミサイルを発射して、自国の軍事偵察衛星を北太平洋の上空247キロで撃墜した。MDのための迎撃ミサイルは「衛星攻撃兵器」に転用したほうが、はるかに効果的なことが明らかになった。
13年5月15日には中国が打ち上げたロケットが、高度3万6千キロの静止軌道に達した。米国の静止衛星を撃墜する能力をもっていることを中国側が誇示したわけだ(『産経新聞』2013年5月17日)。この事態を懸念して米国は、本年中に2機、16年に2機、合計4機の軍事衛星を静止軌道に打ち上げ、静止衛星を防衛する任務にあたらせるという(aviationweek.com, Feb.21 2014)。
精密誘導技術に難がある北朝鮮や中国のような国にとって、「裸の王様」を確実に破壊できる方策はあるのだろうか。原爆の中心部に少量の核融合物質を添加し、100%の核分裂を実現する「ブースト型原爆」を北朝鮮は開発したという報道が流れている。軽くて小さな核弾頭を製造する技術を獲得したのだろう(山田克哉『日本は原子爆弾をつくれるのか』2009年、PHP新書、『日本経済新聞』2014年5月23日)。この種の核弾頭を3発のミサイルに装填し、迎撃ミサイルで撃墜されないよう垂直方向に打ち上げ、高度数百キロと2万キロ、3.6万キロの空間で核爆発させるならば、「裸の王様」は致命的な打撃を受けるだろう。1960年代初めに米ソが行った宇宙空間での核実験が示したように、色鮮やかな巨大なオーロラが発生し、衛星の電子機器は数時間から数日のうちに故障をおこし、莫大な量の放射能が地上に舞い降り、「裸の王様」は横死していくだろう。莫大な資金を投じて、MDの壁を築き、敵ミサイルの撃墜率を高めていくほど、「宇宙戦争」あるいは「宇宙の核戦争」を招くという皮肉な結果をもたらすのだ。
第3のターゲットは、福島第一原発をはじめとする日本国内の54基の原発群となるだろう。福島第一原発の1-3号機内で生まれた放射性セシウムのうち、外部に出たのは数%程度。九十数%は1-3号機の格納容器の内外にデブリ(破片)ないし汚染水という形で留まっている。これに加えて5-6号機や各種の燃料プールには、溶融した核燃料体の10倍の燃料体が無傷で貯蔵されている。仮に軍事攻撃を受けて、福島第一原発が全面崩壊する事態となれば、これまでの放出量とは桁違いの放射性物質が新たに放出され、日本列島は無人化の危機を迎えるだろう(藤岡惇「軍事攻撃されれば原発はどうなるか」、後藤宣代ほか『カタストロフィーの経済思想――震災・原発・フクシマ』2014年、昭和堂)。
宇宙衛星や原発を攻撃したり、宇宙で核爆発を起こす勢力にたいして、核大国が掲げてきた「核抑止」理論は機能するだろうか。この種の反撃を行なっても、すぐには死者は生まれてこない。そのため核攻撃という懲罰を与えるべきかどうか、核大国の首脳は煩悶するだろう。
集団的自衛権の容認に安倍政権がこれほど固執するのはなぜか。これを容認しないかぎり、米国の軍事基地(衛星を含む)に向かうミサイルを撃墜する作業に日本を動員できないからだ。
「矛」は「盾」よりも強いこと、そのため「盾」を強化しようとしても、「矛」の軍拡を誘発する結果となることを核軍拡の歴史は証明してきた。1950年代のミサイル防衛態勢の挫折が60-70年代の相互確証破壊(MAD)の時代をもたらした。1983-88年にレーガン政権が推進した「戦略防衛構想」も実行不能であることが判明した。そして今、MDの幻想がふりまかれているが、3度目の幻想も化けの皮が剥げれるに違いない。
とはいっても「宇宙の穴」に貴重な資源を投入する軍拡競争に巻き込まれていけば、丹後地域に中国・東アジアから観光客を誘致することも、工場を誘致することも難しくなる。「矛盾の商戦」で儲けるのは「死の商人」たちだけであろう。
沖縄伊江島の米軍基地の前に建てられた団結道場の壁には「基地をもつ国は基地にて亡ぶ」と書かれている。米軍にMD基地を提供する国は、経済的に荒廃する道を歩み、宇宙衛星を撃ち落とす戦争、宇宙を舞台とする核戦争、原発への軍事攻撃を呼び込み、「基地にて亡ぶ」道を歩むこととなろう。
MDの主敵はロシア・中国であり、軍事的に逆効果で、軍拡を招くと判ってきたので、カナダ、ポーランド、チェコは参加を取りやめた。最近は韓国・トルコも拒否に傾き、積極的推進派は、日本とイスラエルだけになってきた。
東アジアの紛争の大本には、朝鮮戦争が今も続いていることがある。南北朝鮮の首脳会談で何度も合意した誓約を両国が誠実に履行し、64年目に入った朝鮮戦争を終わらせることができれば、MDの必要はなくなる。紙とインク代だけで、平和で繁栄する東アジアが戻ってくるだろう。
明治以降の日本と同様に、強兵富国の道を歩みだしたかに見える中国にたいしては、どう対処すればよいのか。対外侵略と公害をまきちらすかたちで、産業化・都市化を進めた自国の歩みを、日本社会自身が、徹底的に反省することが先決だ。そのうえで、「私たち日本人が犯した誤りを貴国には繰り返してほしくない」として、情理を尽くした説得を中国人たちにおこなうべきだ。 真実を深く洞察し、「私も変わるし、相手も変える」という立場にたつなかで、東アジア諸国民のあいだの相互理解が深まり、平和と軍縮の道が切り拓かれるであろう。
(『経済科学通信』135号、2014年8月、掲載予定)