ブッシュ再選が示すもの
        ―米国の大統領選挙結果を考える

藤岡 惇

   

1.辛勝したブッシュ

 マイケル・ムーアが製作し、世界的にヒットした記録映画「華氏911」を評論する仕事のなかで、私は、2004年秋の米国の大統領選挙が担う重要な意味を論じたことがある。1)2004年の11月2日に、その大統領選挙が行われた。激戦を反映して投票率は60%に達し、前回とくらべて10%アップした。
 開票の結果、現職の共和党ブッシュ候補が5960万票を得て31州の選挙人286名を獲得した。これにたいして民主党のケリー候補は5610万票で20州の選挙人252名を獲得した。得票率は、4年前の前回選挙ではブッシュの47.9%、ゴアの48.4%、ネーダー(第3党)ほか3.7%であったが、今回はブッシュの51%にたいしてケリーの48%、ネーダーほかが1%となった。前回、民主党が共和党を50万票上回っていたのであるが、今回は共和党が民主党を350万票上回った。共和党は、民主党よりも400万票多く上積みしたわけである。ただし出口調査によるとケリーの得票率は51%であり、ブッシュの48%を上回っていたし、接戦のオハイオ州(選挙人20人)を、もしケリーが制していたならば、ケリーのほうが大統領になっていたのであるから、ブッシュの勝利は、やはり辛勝というべきものであった(不正投票などの疑惑が噴出していたにもかかわらず、翌3日午後の段階でケリーはあっさりと敗北を認めてしまった。ブッシュとケリーとはエール大学の同窓であり、ともにエリート卒業生でつくる秘密結社の「どくろと骨協会」(Skull and Bones)の会員だけに、なにか秘密の協定があったのではないかと疑わせる展開であった)。
 連邦議会議員の選挙も同時に行われた。全議席が改選された下院では、共和党が232議席と2年前より4議席増、他方、民主党は205議席と4議席減少した。議席の1/3が改選された上院では、改選議席(共和党15、民主党19)にたいして、共和党19議席、民主党15議席となり、共和党が4議席を上乗せした。非改選もあわせると共和党55議席にたいして民主党44議席、その他1議席となり、上下両院で共和党が安定多数を占めることとなった。
 大統領選挙前に執筆した別の時評――「映画『華氏911』とアメリカ大統領選挙」のなかで、私はつぎのように書いた。「ブッシュ政権は、『全領域での軍事的圧倒』(フル・スペクトラム・オブ・ドミナンス)を戦略のカギとしてきたが、その伝でいうと、『全領域での深い真実』を明らかにし、国民全体に広げられるかどうかが、大統領選挙の帰趨を決めるであろう。アメリカの場合、伝統的に投票に行く人は50%くらい。残りの50%は生きていくだけで精一杯で、ふつうは投票には行かない人たち・・・彼らが真実に触れて投票に行くようになり、投票率が10%上がり60%となれば、状況は一変するであろう」と。2)
 じっさい進歩的な諸団体は、従来は棄権していた人びとや若者を対象に投票キャンペーンを精力的に展開し、一定の成果を生んだ。たとえば全米1万3千人を対象にして実施された「全国出口調査」(National Exit Poll)によると、前回選挙で投票しなかった人の57%、初めて投票する人の55%、18歳から29歳の青年層の56%がケリーに票を投じた。とはいえ「投票率が10%上がり60%となった」にもかかわらず、私の予想に反してブッシュが再選された。この事実は何を意味するのか。ブッシュ再選によって、世界はどう変わるのだろうか。
 ブッシュの勝因分析に移るまえに、今回の選挙において有権者の分極化がいっそう明確となったという事実の確認から論を始めたい。

   

2.白人票をいっそう集めたブッシュ

 ジャーナリストで、「平和と正義のための連合」の全米共同代表であるボブ・ウインングは、先の「全国出口調査」を手がかりにして、今次選挙の投票行動は、民族集団ごとに大きく異なっていたという興味深い事実を明らかしている。3)
 前回の選挙で共和党は白人票の54%、民主党は42%を集め、その差は12%であった。それが今回、共和党は白人票の58%を集めたのにたいして、民主党は41%しか集めることができず、その差は17%に開くことになった。
 ウイングの分析によると、白人からの増票は、主として白人女性層からもたらされたという。すなわち前回の選挙では白人男性票の60%が共和党、36%が民主党に流れ、24%の差があった。今回白人男性票の62%が共和党、37%が民主党に流れ、その差は25%と4年前とほとんど変わらなかった。ところが白人女性票のばあい、前回49%が共和党へ、48%は民主党へと二分され、1%の差にすぎなかったのであるが、今回は55%が共和党、44%が民主党に流れ、その差は11%に拡大した。他方、白人女性層と対照的に、有色人(黒人、中南米系、アジア系、原住民系、アラブ系)女性は、圧倒的に民主党を支持した。有色人女性のばあいは75%が民主党に投票し、共和党に投票したのは24%にすぎなかった。
 前回ブッシュはゴアに50万票負けていたが、今回はケリーにたいして350万票のリードを奪った。この共和党への400万票の移動をもたらした立役者は、白人女性層であった。そのほかにキリスト教プロテスタント教徒の56%、銃保有者の59%、退役軍人の55%がブッシュに票を投じた。これらの動きと連動して、民主党の伝統的牙城である大都市部(人口50万以上)では、共和党の得票率は前回の26%から今回の39%へと13%アップしたといわれる。
 アメリカ社会の主流を構成してきた白人層は男女ともに、右翼的な方向に傾いていることを今回の選挙は示した。すなわちブッシュの提示する「新帝国主義」路線(経済的には新自由主義路線を推進しながら、この路線が生み出す矛盾や紛争にたいしては好戦的な軍国主義で抑え込もうという一国主義的戦略)の支持に傾いていることを今回の選挙は示したのである。ただし白人票のなかで例外はユダヤ教徒であった。「ネオコン」たち(その中核はユダヤ人保守派)の懸命の説得にもかかわらず、彼らの78%が依然として民主党を支持したことは注目にあたいする。
 90年代には、新自由主義を推進すれば、軍国主義が不要となり、ひいては国家自体が不要となるといった「無政府市場主義」ないし「空想的市場主義」(いわゆるリバータリアニズム)が流行したり、4)米国の軍国主義的支配を軽視するA.ネグリとM.ハートの「帝国」論が世を風靡したこともあった。5)今回の選挙結果は、このような経済主義的な「理論」が誤っていることを明らかにした。と同時にブッシュ流の新帝国主義路線を支える国内の社会的基盤が、なお相当に安定的なものであることを示したといってよい。

   

3.有色人票の民主党への集中

 黒人(アフロアメリカン)、ラティーノ(中南米系)、原住民(ネイティブ・インディアン)、アジア系、アラブ系住民を総称して有色人(ピューピル・オブ・カラー)と呼ぶ。雇用主や権力者の脅しに屈せずに、彼らが政治活動を活性化させ、全体として民主党を支持する傾向を強めたのが、今回の選挙のもうひとつの特徴であった。これまでは低位であった有色人の投票率は大きく上昇し、投票数に占める有色人の割合を前回の19%から今回の23%へと引き上げた。さまざまな進歩派団体が、有色人の投票率を高める運動を展開し、相当の成果をあげたといってよい。
 先の全国出口調査の推計によると、コンドリーザ・ライスやコーリン・パウエルといった黒人「著名人」の働きかけにもかかわらず、黒人票の88%が民主党を支持し(前回は90%)、共和党支持は11%にすぎなかった。300万人以上の黒人が新たに投票し、全米の投票者増の20%を占めた。その結果、全投票数に占める黒人の比率は、前回の10%から12%に高まった。ただし黒人票のうち55%は南部諸州で投じられたが、人種主義的で軍国主義的な白人支配層による南部支配の体制に阻まれて、選挙人獲得にまで至らなかった(この点の重要性は後述する)。
 第2の有色人集団は、全有権者の8%を占めるラティーノ(中南米系)であった。ラティーノの投票者は前回よりも160万人増え、760万人に達した。全米出口調査の推計によると、前回はラティーノ票の62%が民主党、35%が共和党に流れたのであるが、今回は53%が民主党、44%が共和党に流れたとされる。ブッシュ陣営は、ラティーノの票を獲得するために多大の努力をおこなったので、一定の効果を生み出したのであろう。とくに亡命キューバ人が多数住み、実弟のジェフ・ブシュが知事を勤めるフロリダ州では共和党の得票率は56%、地元のテキサス州では59%となった。
 アジア系のばあい、ラティーノとは逆に民主党への傾斜を強めるという結果となった。すなわち前々回(96年)のクリントンの再選時には、民主党の得票率は43%であったが、前回は54%に上昇し、今回は58%に達した。とくにカリフォルニアのばあい民主党の得票率は64%に達し、同州における民主党の勝利に貢献したが、その背景には、共和党政権のとってきた移民規制強化政策にたいする反発があったといわれる。
 原住民(ネイティブ・インディアン)のばあい、投票の57%が民主党に、43%が共和党に流れた。
 最後にアラブ系のばあい。ゾグビー国際選挙調査協会の調べによると、前回はアラブ系の投票の38%が民主党、46%が共和党、13%がネーダーに流れたが、今回は形勢が逆転し、投票の63%が民主党、23%が共和党に流れた。なかでもアラブ系のイスラム教徒のばあい、83%が民主党に投票し、共和党に投票したのは6%にすぎなかった。アラブ系移民への迫害にたいする懸念が、このような投票行動として現れたのであろう。
 以上を総括すると、今回は有色人集団の票が全投票者の23%、ケリー票の35%を占めるにいたった。総じて有色人集団はケリー陣営の中軸となり、ラティーノをのぞいて民主党支持をいっそう深めたのである。

   

4.南北の間で分断されるアメリカ

 145年前、西部諸州への奴隷制度の拡張を認めるかどうかをめぐって、南部の奴隷州と北部の自由労働州のあいだで血みどろの内乱(南北戦争)が始まった。今回の政党別得票率を地域別に検討すると、当時の南部と北部との勢力範囲が、選挙結果にみごとに再現されていることがわかる(図-1を参照)。すなわちブッシュは、145年前に南部連盟に結集した14の奴隷州全域で圧勝した。他方、当時の自由労働州であった北東部12州と西海岸3州はすべてケリーが獲得した(前回北東部で唯一ブッシュ側についたニューハンプシャ州も今回はケリーが獲得した)。唯一の違いは、勝利した政党が145年前とは入れ替わったことである。北部を支配する党は奴隷制擁護の党であった民主党に変わり、南部を支配する党はリンカーン(奴隷解放者)の党たる共和党となった。
 かつて奴隷制度が咲き誇った南部諸州は、共和党陣営の金城湯池となった。かなり前から民主党が大統領の座を獲得するには、南部出身者を候補としておしだすことで、共和党による南部独占体制をつき崩す以外になくなっていた。じっさい、ジョンソン(テキサス出身)、カーター(ジョージア出身)、クリントン(アーカンソー出身)と民主党から大統領になった人は、すべて南部社会の資本主義化(北部化)を推進してきた改革派南部人たちであった。しかもクリントンのばあいは、隣のテネシー出身のアルバート・ゴアを副大統領候補とするという二重の「南部戦略」をとることで、共和党支持の「強固な南部」の一角を突き崩そうとしたほどであった。しかし今回民主党は、南北カロライナを地盤とするエドワーズ議員を副大統領候補にすえても、「団結せる共和党的南部」(ソリッド・サウス)には歯が立たなかったわけである。
 両陣営の草刈場となったのは、内陸部の中西部から南西部一帯であった。ケリーは、この地域のなかで労働組合や有色人の強い州だけを確保したものの、前回の共和党支持州を一つも民主党支持に変えることができなかった。これにたいして、南部とよく似た経済条件におかれた諸州、とりわけ農業や資源産業、軍需産業の強い地域で、ブッシュは着実に票を伸ばした。とくに前回民主党が制したアイオワとニューメキシコの2州で勝利をおさめたために、ブッシュは辛勝することができたわけである。

   

5.ブッシュが勝利した理由

(1)テロへの不安の大きさが、イラク戦争泥沼化の不安を上回った

 投票者が選んだ今次選挙の「最も決定的な争点」(複数回答可)とは何であったか。出口調査の結果によれば、ブッシュ支持者の85%は「テロリズム」、78%が「道義的価値」を選んだ。これにたいして、ケリー支持者の81%は「経済・雇用」、75%が「イラク戦争」を挙げたといわれる。つまりブッシュ支持者は、新政権に「テロリズムの不安」の解消を求め、ケリー支持者は、「泥沼化するイラク戦争」の解決を求めたのである。イラクへの侵攻がテロリズムの根絶に役立っているのか、それともテロリズムの炎を煽っているのかをめぐって、舌戦が繰り広げられた。
 投票日を4日後に控えた10月30日に、「テロへの恐怖」を呼びさます絶好の事件が発生した。「米国への報復攻撃の用意」を表明した「オサマ・ビンラディンのビデオ」なるものを、米国のテレビ局が突然、放映したのである。偽造の疑いの濃いこのビデオをブッシュ陣営は見事に活用し、米国民の深層心理に潜在する「テロへの不安」を煽りたてることに成功した。6)「『テロリズム撲滅の地球戦争』を海外で展開しているおかげで、本土でのテロ事件の再発を防いでいるのだ。弱腰のケリーとなると、テロリストが国内に侵入し、国内で9月11日型のテロ事件が再発するだろう」というブッシュ陣営の宣伝が、米国社会に奥深く潜在する「恐怖の文化」を呼び覚まし、白人女性層をブッシュ支持に転換させるうえで大きな役割を果たしたように思われる。
 他方では、ケリーは、ブッシュ政権によるイラク戦争の進め方があまりに一国主義的で稚拙であるという点は批判するが、イラクからの撤兵については拒否する態度をとった。このような中途半端なスタンスが、イラク戦争の終結を望む反戦の願いを民主党支持に結集するうえでの障害となった。

(2)バージョンアップした軍産複合体のパワーの強烈さ

 ブッシュ政権期に入り、「軍事の革命」と宇宙覇権の確立とを結び付けた新たな国防戦略のもとで、軍需産業は「わが世の春」を謳歌してきた。とくに宇宙産業と情報産業は活況に見舞われている。7) これにくわえて、軍事サービスの分野でも民営化が進み、軍事請負企業が多数生み出され、軍産複合体のパワーの新たな活力源となった。じっさいイラク侵攻のばあい、輸送・給食・警備などの軍事サービスの三割は民間請負企業によって担われたという。8)
 このように軍需産業と軍部との結合した軍産複合体は、21世紀に入ってバージョンアップされたパワーを持つようになった。このような軍産複合体が、自らの権力と儲けを増やすために、ブッシュの当選めざして総力をあげたことは想像に難くない。

(3)奴隷制に起源をもつ資本主義発展の「低い道」路線の勝利

 ブッシュという人は、幼児の時代から奴隷制度の伝統が色濃く残るテキサス州の農村部のミッドランドという町で育った人であり、南北戦争以来最初の南部保守派の大統領だといっても過言ではない。9) 実弟のフロリダ州知事のジェフ・ブッシュの政治スタンスも同じだ。
 奴隷制の遺制を妥協的に解消しつつも民衆の低賃金と低い人権水準については堅持することで、綿花や石油といった一次産品を供給してきた「資源植民地」型の資本主義化の道(米国の進歩的なエコノミストの言葉を使うと資本主義発展の「低い道」10)レーニンの言葉を使えば上からの「プロシア型の道」11))を支えてきた人たち、軍需産業関係者、保守的で原理主義的な南部のキリスト教徒たちが、ブッシュ陣営の中核を構成した。資源産業や農業の分野で発展途上国と競いあっていくためには、むきだしの「純粋資本主義」の掟(社会ダーウィニズム)に勤労大衆をさらすことで賃金と労働基準を抑制する必要があり、この枠組みから脱落ないし抵抗しようとする者には、軍事的封じ込めと「心の浄化」とでのぞむしかないという共通了解が彼らの間にはある。12)
 他方、ケリーの陣営には「修正資本主義」の支持者たちーーハイテク立国をはかるためにも「下向き競争」を抑制し、社会資本や人的資本の拡充をはかり、社会全体を底上げていくべきだとする「資本主義発展の高い道」の支持者たちが集まった。13) しかしグローバリゼーション戦略は、米国社会を世界との競争にさらし、住民を両極に引き裂き、貧富の格差をひろげてきた。新自由主義的なグローバリゼーションを上から強行すれば、福祉国家の維持は不可能となるのだ。このような環境のもとで、とくに南部のような社会では、「資本主義発展の低い道」路線を進む以外の選択肢がないように思われ、「低い道」路線が勝利をおさめたわけである。

(4)―「心」の浄化で「強い米国」の再生を説くキリスト教右派の組織力

 ブッシュに投票した有権者の78%が、「大統領選挙の決定的争点」として「道義的価値」を挙げたことが示すように、伝統的なキリスト教原理主義者たちが、ブッシュをささえるもう一つの大衆的基盤を形づくった。歴史をひもとくと、「軟弱な移民労働者」を鍛えなおし、彼らを「強いアメリカ」を支える人的資源に改造するために、20世紀の初頭に禁酒法の制定を求める運動が吹き荒れたことがある(製造業地帯における禁酒法運動の最大のサポーターはフォード自動車創立者のヘンリ・フォードその人であった)。
 ブッシュは「愛妻の導き」のおかげでアルコール中毒を克服し「宗教人として生まれ変わった」という経歴を売り物にしていただけに、黒人やラティーノ(中南米系)社会を相手にして北欧型の福祉国家をめざす施策をとっても、「怠け者」をつくりだすだけだ、むしろ「心」の浄化をこそ優先せよと説くキリスト教右派の運動が一定の説得力をもった。
 ネオコンの連中とは頭だけで考えるインテリ層であり、大衆動員力をほとんどもたない。「身体なきネオコンと頭脳なき南部の原理主義者との同盟」がブッシュ陣営の実体となり、福音主義者などのキリスト教右派グループが集票装置としてフル回転したわけである。14)
 「心の渇き」や「家族の危機」を抱き、「(胎児の)命の尊厳」、「スピリチュアルな価値」を説く福音主義の聖職者の主張に共感する白人民衆が増えている。彼らとどのようなスタンスでむきあえばよいのだろうか。人間観や「心の渇き」の問題から目をそらしてきた白人左翼を批判して、ある黒人活動家は、つぎのように書いた。「もし白人左翼が、生命の誕生と死、生殖といった基本的な人間観の点で、白人の一般民衆と水と油の関係にあるとしたら、経済正義といった政治的課題で共同しようと試みても、民衆が聞く耳をもたなくなる恐れがあります。これにたいして私たち黒人社会では、黒人教会を拠点にスピリチュアルな心の問題と経済正義の実現など政治的課題の双方と取り組んできた伝統をもっています。白人左翼は、この黒人社会の経験から学ぶべきです。道徳や霊的な価値について黒人教会の宗教リーダーたちは、白人の福音主義的右翼とほとんど変わらない見解をもっています。ただし異なる点があるとすれば、わが宗教リーダーたちは、同時に進歩的な政治運動の領域で主導的な役割を果たしてきたことです。」 政治経済的な問題と人間観などの霊的な問題の双方に取り組んできたこと――これが、黒人票の9割弱を反ブッシュでまとめあげた黒人社会の組織力の秘密だと、この黒人活動家は述べている。15)
 左翼の唯物論的哲学と「道義的な価値」や「スピリチュアルな価値」とを高い次元で、どのように統合したらよいのか。唯物論者がエコロジスト(自然主体的な弁証法的唯物論者)となり、「唯物論的アニミズム(自然の弁証法)哲学の再興」をはかることだというのが私のさしあたりの答えであるが、いずれにせよ本稿ではこの点を論じるゆとりはない。こんごの課題として残しておきたい。16)

(5)投票不参加層がなお40%も

 今年の夏にベネズエラのチャベス大統領の信任を問う国民投票が行われた。アメリカ筋の暗躍のためにチャベスが負けると言われていたが、じっさいには投票率が大幅に上がり、これまで棄権していた人たちが大挙、チャベス支持の票を入れた。そこで雪崩が発生し、不信任反対が6割という圧倒的な状況になったといわれる。
 すでに述べたように、投票率は前回より10%アップし、60%となった。しかし「恐怖の文化」の支配する米国のばあい、同様の「チャベス効果」をひきおこすには、10%増という程度では十分ではないことを現実が証明した。逆にいえば、この重要な選挙になお40%もの有権者がなぜ棄権したのか。この問題を解明する課題のほうを重視したいと思う。

(6)海外からの連帯運動、とくに商品ボイコット運動の弱さ

 前稿で、私はこうも書いた。「ブッシュが勝ったら自分の会社の製品が世界で売れなくなる、連邦国債も暴落するという見通しを見せられれば、アメリカのビジネス・エリートにとっては、たいへんな衝撃となるであろう。損益分岐点という会計指標が示すように、企業の実際の儲けは、売上高の最後の10%がどうなるかによって大きく変わる。しかもデフレの時代というのは、消費者のパワーが増大する時だ。したがって、かりに3%でも売上高に変化を与えることができれば、米国企業には大変な圧力となるであろう。不買運動は非暴力であるので、弾圧することは不可能だ。かつてマハトマ・ガンジーが主唱し、大英帝国を崩壊に導いたこの非暴力の武器を、『アメリカ帝国』にさしむける時代が来たのだ」と。17)
 共和党に献金しているアメリカの代表的な企業をターゲットとして、「ブッシュを支援する企業」にたいするボイコット運動を展開し、「消費選択」というかたちでの「投票行動」をおこそうという「平和のための選択」運動が世界各地で展開されてきたし、健康問題をからめて、マクドナルドやコカコーラにたいするボイコット、アメリカ産タバコへの不買運動も起きていた。石油をドルじゃなくてユーロで買おうという運動、米国の国債を自国の政府に買わせないという運動も含めて、いま起っている運動を統合していくことができたならば、相当のアピール力を出すことができたはずである。しかし実際には、このような運動は、中東や一部の欧州諸国を除いては十分には取り組まれなかったし、日本でもマイナーな運動にとどまった。18)

   

6.おわりに――資本主義発展の「低い道」の克服は可能か

 2000年9月ニューヨークで国連ミレニアム・サミットが開催された。サミットに参加した189の加盟国は、2015年までに以下の8つの目標を達成することを、国連の課題とすることで合意した(この達成目標のことをミレニアム開発目標(MDGs)と呼ぶ)。MDGsの(1)は、「極度の貧困と飢餓の撲滅」であって、具体的なターゲットとして、①2015年までに1日1ドル未満で生活する人口比率を半減させる、②飢餓に苦しむ人口の割合を半減させることを目指すとしている。MDGsの(2)は「普遍的初等教育の達成」であって、同年までに全ての子どもが男女の別なく初等教育の全課程を修了できるようにすることを具体的なターゲットとしている。以下、(3)ジェンダーの平等の推進と女性の地位向上、(4)幼児死亡率の削減、(5)妊産婦の健康の改善、(6)HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止、(7)環境の持続可能性の確保、(8)開発のためのグローバル・パートナーシップの推進、と続いている。
 しかし現実には、上からの(米国の宇宙と情報の覇権の下での)新自由主義的な経済グローバリゼーションが「修正資本主義」システムを解体させつつ進んでおり、中国・インドなど一部の国は例外として、賃金や人権・環境の基準の切り下げを競いあうタイプの「下向き競争」を招いている。先の用語を使うと、資本主義発展の「低い道」が世界的規模で支配的になってきたのだ。 このままではミレニアム開発目標(MDGs)の達成は絵に描いた餅となってしまうことに危機感を抱いたブラジルのルラ大統領が、第59回国連総会の前日の2004年9月20日にニューヨークで、「飢餓と貧困の根絶行動を考える世界サミット」を開催しようと各国首脳に呼びかけた。ルラの呼びかけの背景には、ミレニアム・サミットから4年たったが、事態が改善されておらず、このままではMDGsは達成できず、このような状態を放置すれば憎悪と戦争の悪循環に拍車をかけること、MDGsの達成には、市場経済に任すのではなくそれ相応の手段(ツール)の開発が必要であるという問題意識があった。この緊急サミットには、110カ国が代表(うち50カ国が元首)を派遣した。
 ルラ大統領と連携しつつ、このサミットを実現させたもう一人の立役者が、フランスのシラク大統領であった。シラクは、これより先の2003年11月の段階で「ランダウ・グループ」をつくり、調査させていた。この結果作成されたランダウ報告書には、南北間の富の再配分のしくみとして国際環境税・金融取引税・武器取引税の導入などが羅列されていた。この結果をふまえて、4カ国グループ(ブラジル・チリ・スペイン・フランス)の専門家会議が04年1月に創設され、いっそう具体的な検討に入った。検討プロセスには国連機関も関与した。その成果が「革新的な金融メカニズムについての専門家会議の報告書」であり、サミットの検討資料として配布された。この報告書には、「金融取引税」および「武器取引税」の導入の検討などが盛り込まれている。19) そしてサミットでは、「金融取引税、武器取引税の導入の検討」を含むこの提案は、技術的に可能だし、政治的に望ましいとする「ニューヨーク宣言」が、110カ国(英国などを含む)の賛成で採択された。
 このサミットにはアメリカ・日本も参加していたが、両国の対応は冷淡で消極的なものであった。米国代表としてベネマン農務長官が参加したが、「問題解決には、経済成長こそがカギであり、国際税の導入は、非民主的であり、実施不可能」という態度を崩さなかったし、日本も宣言に加わらなかった。
 米国で大統領選挙戦が闘われていた、ほぼ同じ時期に、世界的なスケールで下向きの市場競争にストップをかけ、南北間の富の再配分をめざそうとする、このような動きが平行して進んでいたことは注目しておいてよい。  以上が、今回の米国大統領選挙結果についての暫定的な分析である。より完全な分析をふまえて、こんごの課題を論じることについては他日を期したいと思う。

     

1)マイケル・ムーアというのは、4年前のアメリカの大統領選挙――ゴア 対 ブッシュの対決となったあの運命的な選挙戦で、第三党(みどりの党)のラルフ・ネーダー陣営の選挙参謀を務めた人である。本来民主党のゴアに来るべき票をネーダーがとったために、ブッシュに大統領の椅子をかすめとらせてしまったという批判の声が、選挙後ムーアに集中した。じっさいフロリダ州ではネーダーは97,488票とったのであるが、そのうち500票だけでもゴアに変わっていれば、ゴアがブッシュを打ち破り、大統領の座を確実にしただろうというわけである。本当に接戦している州については次善の候補たるゴアに左派の票を集中させ、ブッシュには勝たせないという方針を出したのだと、ムーアは弁明にこれ努めたのであるが、彼の身上である歯切れの良さは、ここでは見られなかった。このときの痛恨の思いが、ブッシュの再選だけは阻止したいという思いにつながり、「華氏911」という記録映画を作らせる原動力となった。詳細は、マイケル・ムーア『アホでマヌケなアメリカ白人』柏書房、2002年のエピローグ、および藤岡 惇「映画『華氏911』とアメリカの世界戦略」『シネ・フロント』329号、シネ・フロント社、2004年9・10月号、18――27ページ。
2)藤岡 惇「映画『華氏911』とアメリカの大統領選挙」『経済科学通信』(基礎経済科学研究所)、106号、2004年12月、4ページ。
3)Bob Wing, The White Elephant in the Room: Race and Election 2004,  Counter Punch, Dec.3,2004.
4)たとえばデイヴィッド・ボウツ(副島隆彦訳)『リバータリアニズム入門』邦訳1998年、洋泉社。
5)アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『帝国』邦訳2003年、以文社。
6)この点は、成沢宗男「楽勝劇に潜む企み『ビンラディンのビデオ』の怪」『週刊金曜日』2004年11月12日、11ページを参照。
7)この点については、藤岡 惇『グローバリゼーションと戦争――宇宙と核の覇権めざすアメリカ』2004年、大月書店を参照。
8)この点を解明した良書として、本山 美彦『民営化される戦争』04年、ナカニシヤ出版。
9)詳しくは、マイケル・リンド『アメリカの内戦』アスコム、2004年を参照。
10)たとえばデイビッド・ゴードン『分断されるアメリカ』1998年、シュプリンガー東京、第9章。
11)19世紀末のロシアにも、経済主義・客観主義・生産力主義の立場にたつ「合法マルクス主義」の集団が存在した。資本主義の発展は不可避であるだけでなく、発展の経路も一つしかないと考えた彼らは、社会主義革命の到来を早めるためにも資本主義の発展に協力すべきだと論じ、結局は改良主義者に転落していった。これにたいしてレーニンは、「客観主義者のいうようにロシアの前には資本主義発展の方向しかない」が、「農奴制的大地主制の変革のありかたいかんで、発展の経路は2つありうる」ことを強調した。農奴制を温存し、農民層に最大の抑圧と貧困を押しつける「自然発生的なプロシア型の道」と農奴制を革命的に解体することで住民に最大の福祉と自由を保障する「アメリカ型の道」という「二つの道」である。もし前者の道を歩んだら、農奴制の最悪の要素と資本主義の最悪の要素とがからみ合う結果となり、資本主義の文明化作用の発現は最小となる。後者の道を歩めば、文明化作用の恩恵は最大となるので、労働者階級は農民と同盟して資本主義の発展の道を「アメリカ型の経路」に転換させようと呼びかけたのである。 レーニン『1905-7年のロシア革命における社会民主党の農業綱領』レーニン全集、邦訳13巻、234―235ページ。
12)藤岡 惇『サンベルト米国南部―分極化の構図』青木書店、1993年を参照。
13)たとえばロバート・ライシュ『アメリカは正気を取り戻せるか―リベラルとラドコンの戦い』2004年、東洋経済新報社。
14)マイケル・リンド『アメリカの内戦』アスコム、2004年を参照。
15)Mark P.Fancher, The Job that White Left won't Accept, The Black Commentator, Issue 114, Nov. 18, 2004.
16)この点を考える参考文献として、1992年のリオ・デジャネイロでの地球サミット総会の席上、子ども代表として演説をした、あのセヴァン・スズキの父親であるディヴィッド・スズキの書いた『生命の聖なるバランス』邦訳2004年、日本教文社が有益である。あわせて伊田広行『スピリチュアル・シングル宣言』2003年、ディビッド・コーテン『グローバリズムという怪物』1998年、シュプリンガー東京、第21章も参照されたい。
17)藤岡 惇「映画『華氏911』とアメリカの大統領選挙」『経済科学通信』(基礎経済科学研究所)、106号、2004年12月、4ページ。
18)日本における運動の詳細は、http://d.hatena.ne.jp/peacechoice/ を参照。
19)Action against Hunger and Poverty :Report of the Technical Group on Innovative Financing Mechanisms, Sept.2004, pp.31-41.

(『立命館経済学』53-5・6号、2005年3月号)