先輩が後輩を導く相互学習のしくみ

    -立命館大学の「オリター制度」の経験

藤岡 惇

立命館大学経済学部

How Does Senior Student Contribute in a Freshman's Orientation Class in Ritsumeikan University?

Abstract -- In Ritsumeikan University, Kyoto Japan, the Student Union has organized student volunteers among senior students, who want to contribute as guides or mentors in a freshman's orientation class since 1960s.
In 1993-94, the Student Union and the Office of Students Affairs cooperated intensively in order to carry out a drastic reform concerning to this program.
Since then, this program has marked a new trend of development. For example in 2001 academic term alone, more than 50 senior students of the College of Economics applied to join this program, as so called "orientaters."
The aim of this paper is to analyze the reason why this program has worked so well, and at the same time, I would like to search the possibilities for other universities or related institutions,to learn from our experience, and want to encourage them to introduce similar kind of program for their universities.

1.はじめに

 いまから20年前の1982年10月、ここ北海道大学のクラーク会館において「第1回経済学教育を考える討論集会」が行われた。当時30歳台になったばかりの私は、「暗天のなかに希望の星」を求める心境で、この集会の問題提起者の一人を務めた。この集りがきっかけとなって、「経済学教育学会」が1985年に設立された(ただし87年までは「経済学教育研究会」)。私は、この学会設立の発起人の一人となり、その後、代表幹事や事務局担当幹事を務めてきた。したがって、ここ札幌は、私が経済学教育の改善運動に開眼した思い出深い土地である。私たちの学会が、その後20年近い歴史と20号にたっした学会誌『経済学教育』をもち、470名の会員を擁して、活動を継続しえていることを誇りに思う。1)
 ところで私立大学の通弊であるが、私の勤める立命館大学においても教員一人当たりの学生数は60名ほどになる。「平和の経済学」や「アメリカ経済論」を担当しているが、講義の受講生数は、数百人に及ぶのが普通だ。このような環境のもとで教員だけが一人相撲をしていては、教育効果をあげるのは困難である。学生同士の協働を組織し、「先輩が後輩を導く相互学習のしくみ」を開発することが求められる。  立命館には、新入生クラスに先輩学生が入りこみ、後輩に大学生活ガイダンスをしていく「オリター」(オリエンテイターの略語)制度というのがある。「オリター」学生は、大学当局に雇われた「便利屋さん」ではない。そうではなく、大学づくりの一方の担い手であるべき学生自治会が自主的に組織した学生ボランティア組織であり、オリター制度とは、学生自治会が大学当局と協議するなかで作りあげてきたユニークな「学生内の互助組織」なのである(立命館大学には、今なお全学部に学生自治会が存在する)。
 以下、オリター制度の実態を紹介してみたい。

   

2.「大学での学び方」を学ぶ基礎演習クラス

 「鉄を熱いうちに打て」という言葉があるが、新入生を35人程度の小クラスに分けて、「高校4年生を大学1年生」に変える営みを集中的に行う場が、基礎演習である。(1)大学生活の入門とガイダンスを行う、(2)経済問題の発見と解決をとおして経済学的な見方・考え方への入門をはたす、(3)調査のしかた、発表のしかた、議論のしかたなど、「学び方を学ぶ」というのが、基礎演習の3大目的とされる。私の属する経済学部のばあい、2001年度の新入生全員を20のクラスに別けて、基礎演習を実施した。週1回、1年間続くが、前半は大学における学び方入門を行い、後半には4-5人の小集団に別れて共同研究を行い、その成果を学内ゼミナール大会の場で発表することを奨励している。基礎演習クラスが成功するかどうかは、新入生のその後3年間の学習の質を大きく左右する。私たちが基礎演習の充実のために努力してきたのは、そのためである。99年度の基礎演習クラスにおける私の実践成果については、別稿で発表しているので、これを参照していただきた。2)

3.「オリター」制度とは何か

 「オリター」とは「オリエンテイター」を略した学生用語であり、新入生に大学生活のガイダンスをするために、自治会が派遣するボランティア学生のことをいう。その起源をひもとくと、大学紛争時期の学生運動の「新入生歓迎方針」にまでさかのぼるようであるが、80年代から90年代はじめの時期には、学生自治会の力量ダウンもあって、オリター活動は、形骸化の度を強めていた。 当時、オリターの募集は、年度末試験中か、大部分の学生が帰省する春休みに行われることが多く、誰が、どのような資格でオリターとなるのか、どのような公共的使命をおび、どのような任務を遂行するのかが、不明確になっていた。オリター活動をめぐって開放性・透明性が不足したり、公共性が見えにくくなる傾向が出てきたのである。オリター活動とは、「自治会執行部や一部サークル・党派が、入会者を勧誘するためにやるものだ」といった風評もながれた。また現実にも、オリターへの研修活動がお座なりになった結果、なかには自己の所属するサークルや政治的信条の宣伝にのみ熱心な「お粗末な」オリターもいた。
 一部であれ、このような利己的な「お粗末オリター」がいると、「オリターが自分のクラスに出入りするのはけしからん、教員のもつ教学権への介入だ」とする反発が、教員の間で生まれてくる。教員・教授会側と学生自治会のあいだで、疑心暗鬼や相互不信が生まれ、オリター活動の形骸化に拍車をかけていた。
 1990年代に入ると、オリター制度をどう立て直すかをめぐって、大学当局(学生部)と自治会とが、何回も話し合い、1993~94年頃になると、新たな発展の方向が定まってきた。その眼目は、オリターのありかたを学生自治会任せにせず、大学としてもきちんと位置づけ、制度的支援を行う。そのかわりにオリター制度の運用にあたっては、自治会としても開放性・透明性・専門性・無私の奉仕性(ボランティア性)を強化してもらう、ということであった。具体的には、オリターは、前年度の秋の段階から公募する、オリターの専門的力量を高めるために、事前研修を重視する、そのために、大学として必要な援助を行うという方針を決めた。
 この改革の結果、オリター運動は、量・質の双方で大きく成長し、自治会活動の裾野を広める役割を果たすようになってきた。たとえば、産業社会学部のばあい、2001年度にオリター登録をした上級生は、120名に達した。私の属する経済学部のばあいは58名がオリター登録をしてくれた、等々。
 オリターの使命と任務の公益性についての共通認識も進んだ。すなわち、オリターは、基礎演習クラスで、担当教員の合意と理解のもとで、新入生の大学生活の疑問、クラス活動への疑問に答え、クラスづくりを支援することが本務とされた。前期末の7月までを本来の支援活動時期とするが、新入生クラスが自立してゼミ活動やクラス活動を展開できるようになるにしたがい、自然と撤退していく精神が求められている。その意味で、発展途上国に赴く開発支援ボランティアの精神と同一の心が求められているのである。
 ただし教員との合意ができれば、さらに高度な任務--教学内容に立ち入り、新入生による調査・研究活動を支援するという「学生助手」(Student Assistant)的な役割をはたすこともありうる。ただしこのような高度な業務にオリターが携わるには、オリター自身の力量アップが不可欠となる。力量あるオリターのばあいは、後期も基礎演習クラスに残り、学内ゼミナール大会にむけて新入生がとりくむ共同研究活動の支援に携わる者もいる。 オリターは、完全に自主的なボランティア活動であるので、単位を与えることはしていない。ただし、一定期間以上オリター活動をやってくれた学生には、その公益性を評価し、大学からの謝礼として、5000円程度の図書券を呈上している。将来的には、学園内で流通する「地域通貨」が発行され、ボランティア活動の成果をこれで評価していくとおもしろいと思うが、それはこんごの課題となる。

    

4.本年度の経済学部のオリター活動の展開

オリターの公募と研修

 

 毎年9~10月ころになると、基礎演習クラスは、ほぼ自立して活動できるようになり、オリター団は、ほぼお役御免となる。このオリター団のなかで、来年度も再度オリターを続けたいという、リピーター層を軸にして、翌年度のためのオリター団新執行部が、自治会の1部門として形成される。経済学部のばあい新執行部は、団長、副団長、総務、団体総務[新入生リーダーズ・キャンプ(FLC)担当]、事務長、出納管理の6名からなる。 このオリター団新執行部の意をうけるかたちで、経済学部学生自治会が、2000年の11月から12月にかけて、全学生を対象に01年度のオリターを公募し、その結果、58名の応募者があった。過半は、オリターに世話になり、感激した1回生からの応募であった。また女子学生が、志望者の半数程度を占める。経済学部のばあい、女子学生比率は、28%程度であるから、女子学生のボランティア精神は、総じて男子を上回っていることが分かる。
 自治会とオリター団執行部主催で、01年の2月中旬と3月はじめの2回、「オリター研修学校」が開かれた。新入生のあらゆる疑問に的確に答えることのでき、新入生の信頼を集める人間的魅力あふれるオリターとなるために、学部カリキュラムや履修方法などの研鑽にはげむわけである。これとは別に2月末にはオリター団の親睦合宿も行われた。

 

新入生クラス懇談会の主催

 4月に新入生700名が入学し、平均35名ほどの基礎演習20クラスにふるい分けられた。これら20クラスに、1クラスにつき、2ー3名のオリターが配属された。
 入学式直後のガイダンス期間の4月2日、3日、7日の3回、基礎演習クラスごとに、クラス懇談会が開かれた。このクラス懇談会にかんしては、オリター団が主催し、教員は、ゲストという位置付けとなる(正規の授業ではないので、出席もとらない)。そこで自治組織としてのクラスに必要な各種役員(クラス委員長・副委員長・会計・生協委員・平和委員・リクレーション委員など)を選ぶとともに、名簿づくり、クラスとして参加する各種イベント企画の相談を行う。

新歓祭典への出店

 オリター団がとりくむ4月の共通イベントは、クラス・コンパの開催と4月28日の新入生歓迎祭典に新クラスとしてとりくみ、模擬店の出店を成功させることだ。この新歓祭典には、毎年、大学の8学部の全新入生クラスの出店を目標に取り組まれる。私の担当した基礎演習C-4クラスからは、焼きそば屋を出店し、2万円の収益をあげた。
 この模擬店へのとりくみが、新入生を「お客さんから学園の主人公」に変える絶好の機会であり、新入生が、経済のしくみに触れ、「生きた経営学」を学ぶ機会にもなっている。

新入生リーダーズ・キャンプ(FLC)

 オリター団主催で、オリター団員40名と新入生クラスから各3名のクラス役員層(60名)、それに自治会執行部の参加するFLCが、例年どおり5月の週末(19日から20日)に滋賀県下のキャンプ場で行われた。予算は180万円であり、うち大学からは90万円の補助金が出る。新入生は参加費は無料となるが、オリターには3000円の参加費が必要となる(ただし、私のクラスのばあいは、新入生がカンパを募り、日ごろ世話になっているオリターの参加費を新入生側が負担した)。昔は、学部当局もキャンプの企画立案にも参加したが、最近は、主催はあくまで自治会・オリター団であることを明確にし、学部としては、機材貸し出しや補助金を提供する範囲の援助にとどめている。

   

5.研究活動への協力とオリターの成長

 私の担当する基礎演習クラスのばあい、1人の女子オリターが、後期もクラス活動の支援を続けてくれた。11月末の学内ゼミ大会の研究発表に、私のクラスから4チームが参加したのであるが、彼らの自主ゼミ活動を支援してくれたのが彼女である。このように後期になっても、オリター活動を続ける先輩たちは、支援の力点を大学生活の入門アドバイスから、経済学習の方法や内容への助言と指導に移す。
 私は、「平和の経済学」などの講義では、受講生のなかから「学生助手」(Student Assistant)を募り、学生助手の助けをうけて講義をしているが、3) 先進的なオリターは「学生助手」に姿を変えていく。「教えることは最良の学ぶ活動でもある」という格言があるが、先進的なオリターは、教える作業を演じることで、後期も成長を続けていくわけである。
 オリター団の活動に脈打つ精神は、国際協力や開発援助のNGO活動に流れる精神や地震・災害の救助活動を行うボランティア魂と似ている。オリター自身、このような新入生の自立支援をめざすボランティア活動に携わるなかで、成長できたという実感をもち、またオリター同士も、ボランティア活動を分かちあう仲間としての同志意識を強める。オリター団活動をとおしてオリター自身が、癒されていくのであり、彼らのなかから一定比率で、新年度のオリター団の執行部が生まれる。

   

6.おわりに――成功の教訓と展望

 オリター制度が、これほどまでに発展しえたのはなぜか。その教訓を探ってみると、次の4点になると思われる。
 第1点は、1990年代前半期に、オリターのありかたを学生自治会任せにせず、自治会との合意のうえで、大学としてもきちんと位置づけ、制度化する改革を行ったことである。オリター制度の公共的使命を明確にし、開放的で透明性ある運用を実現したこと、オリターの力量アップに努め、プロとしての専門力量を高めたこと、無私の奉仕性(ボランティア性)を強調するなど、オリター制度の意味と任務とを大学として、明確に再定義しえたことである。
 第2に「ボランティアとは、言われなくてもやる人、言われてもやらない本心に忠実な人」という格言があるが、後輩新入生の一日も早い自立と幸せを願う先輩学生の願い、ボランティア活動をやりたいという「時代の要求」に、オリター制度がマッチしたことである。発展途上の新入生の自立の願いにこたえるボランティアをしたいという上級生たちの願いにこたえることができた。
 第3に、サークルへの勧誘をめざすといった一部オリター層の利己的な行動に歯止めをかけることができたことである。その結果、この制度にたいする教員の懸念が薄れ、教授会全体として、オリター制度の公共性を認識することができた。じっさい、オリター学生の力を借りたほうが、基礎演習クラスの運営は格段と楽になる。そのため教員層のオリターにたいする信頼と期待が高まった。
 最後に、自治会自身が、オリター制度の改革を支持し推進したことである。そしてじっさいに90年代前半のオリター制度の改革は、学生自治会の公共性を強め、新入生・オリター層双方の間から自治会への信頼と結集を強める結果となった。オリター活動のおかげで、新入生のほぼ全クラスから自治委員が選ばれるようになったし、オリター団運動は立命館の自治会が主体的にとりくむ、もっとも大衆的な広がりをもったボランティア活動となっている。

 これまで大学教育の改革論議のなかでは、学生個々人を「消費者」としてとらえ、彼らの「ニーズ」を満たすために、どのような教育サービスを提供したらよいのか、といった議論は多くなされてきた。しかし、学生層全体の要望と意見とを民主的に集約し、大学づくりに能動的に参画するという学生自治会の可能性を評価し、彼らの活動を組み込んだ視角から教育改革論議を展開することが、弱かったのではないだろうか。「教育サービスの受け身の消費者」いう意識から学生層をどのように解き放ち、彼らを「大学づくりの主体者」、「授業づくりの共同参画者」、「大学創造の協働者」に変えたらよいのか。本稿が、このような問題を考える一つの手掛かりとなれば、幸いである。

  

連絡先:525-8577 滋賀県草津市野路東1-1-1 立命館大学経済学部
Correspondence: College of Economics, Ritsumeikan University,Kusatsu,Shiga
525-8577 JAPAN

1)経済学教育学会の詳細については、藤岡 惇「ユニバーサル化する大学における専門教育の意味--経済学部の現場で考えること」『大学教育学会誌』20-2、1998年11月号、39~41ページ,および学会のホームページ、http://wwwsoc.nii.ac.jp/ecoedu/を参照。経済学教育学会の連絡先は、〒101--0061 東京都千代田区三崎町1-3-2 日本大学経済学部 角田研究室  メイル・アドレスは、kakuta@eco.nihon-u.ac.jp
2)基礎演習クラスでの私の実践記録については、「こうすれば教師が授業の辛苦からエスケープできる――学生に企画を任せ、対話能力を育てる演習授業の経験」『経済学教育』19号、2000年、112-114ページ。
3)「学生助手」を活用した私の授業実践については、藤岡 惇「500人の授業でも『真実を求める共同体』ができる――『平和の経済学』の実践記録」『経済学教育』20号(経済学教育学会)、2001年、95ー99ページを参照されたい。

 

    (『高等教育ジャーナル』10号、2002年5月、高等教育学会 所収)